衝撃の発表から20年、謎多きフローレス原人「ホビット」 ナショナル ジオグラフィック
はるか昔、インドネシアのフローレス島では、巨大なコウノトリや小型化したゾウに混じって、小さな体を持つ奇妙な人類が暮らしていた。今から約20年前、ホモ・フロレシエンシス(フローレス原人)が初めて世に紹介されたとき、この古代の人類の親戚は人々に、まるでファンタジー小説に登場するキャラクターのような印象を与えた。ピーター・ジャクソン監督の映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで当時人気を博していた小さなヒーローにちなんで、彼らはすぐに「ホビット」の愛称で呼ばれるようになった。
しかし、20年間にわたる研究と少なからぬ議論の末、ホモ・フロレシエンシスは、ホビットとは似ても似つかぬ存在だったことが明らかになっている。フローレス島に住んでいた彼らは、複数の人類種が地球のさまざまな地域に広がっていた時代に存在していた独自の系統であり、この謎めいた"親戚"は今もなお科学者たちを悩ませ続けている。
ホモ・フロレシエンシスの科学的究明の物語が始まったのは1999年のことだ。考古学者たちは、古代の人々がどのようにアジアからオーストラリアに渡ったのか、また、人類が太平洋を渡る際、フローレス島が中継地として使われた可能性があるのかどうかに関心を抱いていた。
フローレス島の森林に覆われた高地にあるリアンブア洞窟は、いかにも人類の痕跡が見つかりそうな場所に思われた。この洞窟のそばには2本の川が流れており、道具作りに適した石もあったからだ。
発掘調査はそれから2年後に開始された。絶滅したゾウの仲間ステゴドンや、巨大なコウノトリ、げっ歯類、さらにはコモドドラゴン(コモドオオトカゲ)の骨などが、次々と見つかった。そして2003年、研究者らは興味深いものを見つけた。
発見時の様子を伝える逸話によると、更新世に堆積した洞窟の土壌を発掘している最中、地元の現場作業員がヒトのものらしき頭蓋骨を見つけたのだという。その日現場を監督していたインドネシア国立考古学研究センター(ARKENAS)の考古学者ワユー・サプトモ氏は、2018年、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストに対し、「これが何であれ、重要なものだと直感しました」と語っている。
このニュースを伝えるため、サプトモ氏は大急ぎでトマス・スティクナ氏の元に向かった。発掘の責任者であった考古学者のスティクナ氏は、骨が見つかったとき、発熱のためホテルで寝込んでいた。スティクナ氏は2014年、学術誌「ネイチャー」に対し、熱などあっという間に吹き飛んでしまったと語っている。
翌日、スティクナ氏が再合流したところで、チームは壊れやすい骨を傷つけずに掘り出すための計画を立てた。
骨格から、この個体の身長は90センチ強、体重は約16キロだったと推定された。科学者らはこの化石を標本「LB1」と定め、さらに「フロー」という愛称も付けた。骨が小さいことから、科学者は当初、これは子どもの骨だと考えていた。しかしじきに、彼らが見つけたのはそれほど単純なものではないことがわかってきた。
すぐに問題となったのは骨の年代だ。古い地質学報告書では、この骨が見つかった岩の層は1万8000年前のものとされており、現生人類がアフリカで出現した約30万年前からはかなり隔たりがある。
骨をさらに詳しく調べたところ、現生人類の子どもとの関連は否定された。この化石はそれまで発見されたことのない人類種のものであり、われわれやネアンデルタール人などの氷河期の人類よりも、むしろ200万年前の初期人類に似ていた。
2004年、リアンブアのチームはこの小さなヒト属(ホモ属)の親戚を、正式に「ホモ・フロレシエンシス」と命名し、学術誌「ネイチャー」に発表した。
この予想外の発見は、すぐに論争の的となった。2004年末、インドネシアの人類学者テウク・ヤコブ氏が、ジャカルタのインドネシア国立考古学研究センターに保管されていたホモ・フロレシエンシスの標本のほとんどを持ち去った。
これらの骨は発育上の障害がある現生人類のものであって、別の人類種ではないとヤコブ氏は主張した。また、発掘作業は科学的な基準を守らずに行われたという噂も広まった。
ヤコブ氏は結局、数カ月たってから骨を返却した。輸送中にいくつかの骨が破損しており、その経緯をめぐって、リアンブアチームとヤコブ氏との間で対立が起こった。このスキャンダルの深刻さに鑑み、インドネシア当局は2年にわたって、人々のリアンブアへの立ち入りを禁じた。
改めて行われた洞窟の調査では、さらに多くのホモ・フロレシエンシスの化石が見つかった。2015年までに、考古学者たちはこの場所で少なくとも15体の骨を発見している。
最新の放射性炭素年代測定からは、リアンブア洞窟に彼らがいたのは6万〜10万年前だと推定され、別の遺跡から出土した石器類は、この初期人類が少なくとも100万年前には島に到達していたことを示唆している。
2024年8月6日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された別の研究は、70万年前にはフローレス島に小柄な人類が住んでいたとしている。
ホモ・フロレシエンシスの化石が追加で発見されることは、この初期人類の正体を解明するうえで不可欠だった。専門家の中にはヤコブ氏のように、リアンブアの骨は、小頭症やダウン症候群などの疾患を持った現生人類のものであり、そのせいで体が小さくなり、頭蓋骨の形状が変わったのだと示唆する者もいる。
しかし、ホモ・フロレシエンシスの骨格は、どれも非常に一貫した特徴を有しており、これは彼らが病気やけがを患っていたのではなく、別の種であったことを示している。
それでも、人類学者たちを悩ませる謎はまだ残されている。それは、この初期人類がどのようにしてフローレス島にたどり着いたのか、そして、進化の系統樹のどこに位置づけられるのか、という問題だ。
当初、リアンブアのチームは、ホモ・フロレシエンシスはより古い人類であるホモ・エレクトゥスの子孫であり、島で孤立した生活を送るうちに小型化したと考えていた。ホモ・エレクトゥスは、約200万年前にアフリカを離れた最も初期の人類種のひとつであり、約11万年前に絶滅したが、その前にインドネシアにまで到達していた。
リアンブア洞窟で発見された人類以外の化石に見られる極端な姿は、生物学者が「島嶼(とうしょ)化」と呼ぶ現象と一致する。島嶼(とうしょ)化とは、島にすむ動物が小型化または大型化する現象のことだ。地理的な範囲が狭いこと、大型ネコ科動物のような大きな哺乳類の捕食者がいないことなどの要因が、進化上のこうした変化を引き起こすと考えられている。
ホモ・フロレシエンシスは、人類も孤立した環境下では島嶼化の影響を受けることを示唆しているように思われた。
しかし、この地域で見つかっている最も古いホモ・エレクトゥスの化石は、ホモ・フロレシエンシスの最古の化石とほぼ同時期のものだ。
また、フローレス原人の骨を調べた一部の考古学者によって、さらに古い人類の特徴が発見されている。ホモ・フロレシエンシスの足や手首などの部分は、200万年前のアウストラロピテクスやホモ・ハビリスといった、より古い時代の人類種に近いという。
これは、フローレス原人が初期人類の系統に属しており、何らかの方法でインドネシアにたどり着いたことを示唆している。しかし、これまでのところ、アフリカ以外の地域では、こうした初期人類の化石は見つかっていない。
「ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトゥスの子孫であると主張する人々は、島嶼化によって体が小さくなったと考えています」と、カナダ、レイクヘッド大学の人類学者マット・トチェリ氏は言う。問題は、ホモ・フロレシエンシスやその祖先が時代とともに小型化していったことを示す一連の化石が存在しないことだ。
「一方で、私のように、ホモ・フロレシエンシスが小さいのは、彼らの祖先がもともと体も脳も小さかったからだという説の方が納得できると感じている人たちもいます」。そう語るトチェリ氏も、この説の場合であっても、このような初期人類がアフリカ以外の地域に生息していたことを示す化石の証拠が必要であることは認めている。
洞窟とより広範な動物相の分析から、フローレス島の人類がどのような世界で暮らしていたのかが、徐々に明らかになっている。
熱帯の火山島で初期の人類が発見されたことは、科学界にとって衝撃だった。「フローレス島は、アフリカなど、化石人類が見つかっているほかの地域と比べて、独特の生態系がありました」と、ノルウェー、ベルゲン大学の古生物学者ハンネケ・メイエル氏は言う。
この島の密林は、東アフリカの草原を闊歩していたという初期人類の定番イメージとは大きく異なっていた。古代のフローレス島には、小型のゾウや大型のトカゲなどの珍しい生物が生息しており、ホモ・フロレシエンシスも間違いなく彼らのことをよく知っていた。
化石の鳥たちは、先史時代のフローレス島の生態系を解明するうえで最も役立つ化石のひとつだ。「鳥類は、環境や植生、生態系内での種間の関係性について、非常に有益な情報を提供してくれます」とメイエル氏は言う。
体高約1.8メートルの巨大コウノトリ(Leptoptilos robustus)は、ホモ・フロレシエンシスをはるかに上回る大きさだった。ほかの化石のコウノトリと比べて特別大きいわけではないものの、この鳥は島の大型肉食動物のひとつであり、島に生息するげっ歯類を狩り、ステゴドンなどの大型動物の死骸をあさっていた可能性が高い。
「コモドドラゴンやホモ・フロレシエンシスと同じように、巨大コウノトリやハゲワシも、ステゴドンを食料としていました」とメイエル氏は言う。これは、いくつもの種が、食料源としてこのゾウに依存していたことを意味する。ステゴドンが絶滅した際の連鎖的な影響が、ホモ・フロレシエンシスを含む肉食動物が島から消滅した理由なのかもしれない。
人類学者がこれほど多くのことを解明してきたにもかかわらず、この初期人類がどのようにしてフローレス島にたどり着き、なぜ絶滅したのかは依然として不明のままだ。その答えを見つけるには、彼らを人類史における特異な存在としてではなく、当時の世界と相互に結びついた一部として理解する必要がある。
「ホモ・フロレシエンシスの進化を理解するには、フローレス島の動物相そのものの進化という文脈で考えることが不可欠です。なぜなら、彼らはこの環境にたどり着き、70万年以上にわたって繁栄したのですから」とメイエル氏は言う。
リアンブア洞窟以外の場所も含めた広範な調査により、さらなる情報が得られることが期待される。たとえば、フローレス島のソア盆地に位置するマラフマと呼ばれる場所では、ステゴドンの骨や石器が見つかっている。
われわれはホモ・フロレシエンシスが存在していたこと、そしてほかの人類とは違っていたことを知っている。しかし、現時点ではわかっていることよりも、わかっていないことの方がはるかに多い。
「『ロード・オブ・ザ・リング』の魔法使いガンダルフは、たしかこんなふうに言っていました」とトチェリ氏は言う。「ホビットについて何か理解できたと思っても、彼らはさらにその先を行って、こちらをひどく驚かせるのだと」
文=Riley Black/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年12月15日公開)