核融合実験炉ITER向けダイバータ外側垂直ターゲットのプロトタイプが完成、試験体がITER機構による認証試験に合格
日立とQSTの技術と知見で、エネルギー問題と環境問題を根本的に解決すると期待されるフュージョンエネルギーの実現に貢献
- 製作技術の合理化を実現するとともに、国内のITER向けダイバータ外側垂直ターゲットの実機製作体制を強化
- ITER計画への貢献、フュージョンエネルギーの原型炉およびスタートアップ企業への機器提供をめざす
株式会社日立製作所(以下、日立)と国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(以下、QST)は、南フランスで建設中の核融合*1実験炉ITER(イーター)に使用される最重要機器の一つ、「ダイバータ」の主要部品である「外側垂直ターゲット*2」について、2022年1月から実機大モックアップとなる「プロトタイプ2号機」の開発に取り組み、後述する自動溶接システムの導入などにより製作方法の合理化を実現の上、2025年3月にプロトタイプ2号機を完成させました。さらに、このたび、外側垂直ターゲットの「高熱負荷試験体」が、ITERを建設・運転する国際機関であるITER機構による厳しい認証試験に合格し、2024年7月にQSTとプロトタイプ1号機を完成させた先行企業に続き、日立の製作技術が認められました。 日立とQSTは、プロトタイプ製作で得た技術や知見を活かして、今後もITER計画の推進に貢献するとともに、将来のフュージョンエネルギー実現に向けた技術開発にも協力していく方針です。加えて、日立は、QSTが設計検討を進めているフュージョンエネルギーの原型炉や、フュージョンエネルギー関連のスタートアップ企業に対しても、ダイバータや類似の炉内機器の提供をめざします。
*1 フュージョン(核融合)エネルギーは太陽が輝き続けるエネルギー源であり、地上でのフュージョンエネルギーの実現には、重水素や三重水素などの軽い原子核がプラズマ状態で融合し、ヘリウムなどのより重い原子核になる核融合反応を利用する。燃料となる重水素、および三重水素の原料であるリチウムは海水中に豊富にあり、さらに、フュージョンエネルギーはCO2を発生しない。そのため、エネルギーおよび環境問題を根本的に解決すると期待されている。プラズマについては*5参照。 *2 QSTがITER機構に全58基を納入予定。内、18基は先行企業が製作を担当。残る40基の製作メーカーは今後決定する。
外側垂直ターゲットプロトタイプ2号機の外観
外側垂直ターゲットの高熱負荷試験体
ITERおよびダイバータの概要
日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドの7極は、フュージョンエネルギーの実現に向け、科学的・技術的な実証を行うことを目的とした大型国際プロジェクト「ITER計画」を推進しており、核融合燃焼による本格運転を目標に、実験炉であるITERの建設をフランスのサン・ポール・レ・デュランス市で進めています。日本はダイバータやトロイダル磁場コイル(TFコイル)をはじめ、ITERにおける主要機器の開発・製作などの重要な役割を担っており、QSTがITER計画の日本国内機関として機器などの調達活動を推進しています。 このうち、ダイバータは、トカマク型*3をはじめとする磁場閉じ込め方式*4の核融合炉における最重要機器の一つで、核融合反応を安定的に持続させるために、炉心のプラズマ*5中に燃え残った燃料や核融合反応で生成されるヘリウムなどの不純物を排出する重要な役割を担います。トカマク型装置の中で唯一プラズマを直接受け止めるための機器であり、プラズマからの熱負荷や粒子負荷などにさらされる厳しい環境下で使用されるため、高融点であるものの難削材であるタングステン等の特殊な材料が用いられます。加えて、プラズマ対向面には緻密な形状加工が施されており、全体形状と共に、個々のプラズマ対向材の傾斜、段差、隙間には0.5ミリ以下の精度が必要となる等、高精度の加工・組み立て技術が求められ、ITERの炉内機器の中で最も製造が困難とされています。 ダイバータの熱負荷は、最大で1平方メートルあたり20メガワットに達します。これは、小惑星探査機が大気圏突入の際に受ける表面熱負荷に匹敵し、スペースシャトルが受ける表面熱負荷よりはるかに大きな値です。また、外側垂直ターゲットには、最大約16.5トンの強大な電磁力が働くため、強固な機械構造が必要となります。将来に向けた核融合炉の高出力化や小型化あるいは強磁場化のためには、さらなる高熱負荷や巨大電磁力に耐えるための、ダイバータの製作技術の確立が極めて重要です。
*3 ITERやJT-60SAに代表される、真空中の強い磁場でおよそ1億度以上の超高温プラズマを保持し、その中で核融合反応を起こす方法。プラズマについては*5参照。JT-60SAについては*11参照。 *4 核融合プラズマは、超高温であるため一般的な容器では保持できないが、プラスかマイナスの電荷を持つため磁場(磁力線)に絡みつく性質がある。この性質を利用して、磁場閉じ込め方式では、カゴのような形の磁場を作りプラズマを保持する。
*5 プラズマとは、物質の四つの基本的な状態の一つであり、固体、液体、気体に次ぐ第四の状態。物質が非常に高い温度や強力な電磁場にさらされたときに、原子が分解し、プラスの電荷を持つイオンとマイナスの電荷を持つ電子が分離することによって形成される。
プロトタイプ2号機製作における技術の特徴
QSTは、ダイバータが1平方メートルあたり20メガワット もの高い熱負荷に耐えるための鍵となる技術として材料メーカーの材料開発を主導し、熱負荷により割れることのないタングステンモノブロック*6や、高い熱伝導率を維持しつつ結晶粒の粗大化を抑えることで強度を確保した銅合金冷却管の製造方法を確立しました。加えて、これらの材料を接合するために高い熱負荷に耐えるろう付け*7技術を開発しました。 日立は、長年にわたる原子力事業で培った技術と経験を結集し、欠陥のない高品質な特殊材料の溶接技術と狭隘で複雑な形状への非破壊検査技術を開発するとともに、繰り返し実証を重ねることで、ITER機構から要求される0.5ミリ以下の高精度な機械加工と組み立てを実現しました。また、製作工程や費用の合理化を図るため、厚肉の高強度ステンレス鋼の溶接において、ダイバータ専用に最適化した自動溶接システムを開発しました。手作業に代わり溶接トーチを取り付けたロボットアームと、溶接する対象物の位置をロボットアームの動きと同期させて制御する装置を組み合わせることで、より高品質かつ低コストでの溶接を実現しました。
なお、外側垂直ターゲットに必要な特殊材料はQSTが材料メーカーから調達して日立に支給し、日立はQSTから支給された特殊材料を用いて、徹底した品質管理の下で外側垂直ターゲットの加工と組み立てを実施しています。また、QSTは日本で唯一となる核融合炉内機器用の高温ヘリウムリーク試験装置*8を整備・運用し、自らが最終試験を実施することで、品質の確保に努めています。
*6 外側垂直ターゲットの構成要素の一つで、熱負荷に強い金属であるタングステンを銅製緩衝材と一体化したもの。 *7 金属を接合する方法の一つ。ろう材と呼ばれる金属を利用して母材同士を接着する技術。対して、溶接は母材そのものを溶かして金属を接合する方法。
*8 ダイバータの使用環境である250℃の高温において、漏れ(リーク)の有無を、ヘリウムガスを使って高精度に試験する装置。
これまでの日立とQSTの取り組み
日立とQSTはこれまでに、ITER向け中性粒子ビーム入射装置*9用100万ボルト超高電圧電源設備*10の開発と製作を進めており、現在、設備の試験をイタリアで実施中です。また、フランスに納入することとなる同装置の実機についても日立の工場で製作を開始しています。さらに、日本国内では、フュージョンエネルギーの早期実現のために、ITER計画と並行して日本と欧州が共同で建設した世界最大の超伝導トカマク装置「JT-60SA*11」において、中性粒子ビーム入射装置の増強にも取り組んでいます。
*9 高エネルギーの水素原子をプラズマに入射してプラズマを加熱する装置。核融合反応が起きるおよそ1億度以上の超高温にプラズマを加熱する。 *10 中性粒子ビーム入射装置の駆動に必要な電力を供給する設備
*11 JT-60SAの詳細は、JT-60SA計画とは - 量子科学技術研究開発機構をご覧ください。
日立の核融合事業に関するウェブサイト https://www.hitachi.co.jp/products/energy/nuclear/accelerator/index.html日立製作所について
日立は、IT、OT(制御・運用技術)、プロダクトを活用した社会イノベーション事業(SIB)を通じて、環境・幸福・経済成長が調和するハーモナイズドソサエティの実現に貢献します。デジタルシステム&サービス、エナジー、モビリティ、コネクティブインダストリーズの4セクターに加え、新たな成長事業を創出する戦略SIBビジネスユニットの事業体制でグローバルに事業を展開し、Lumadaをコアとしてデータから価値を創出することで、お客さまと社会の課題を解決します。2024年度(2025年3月期)売上収益は9兆7,833億円、2025年3月末時点で連結子会社は618社、全世界で約28万人の従業員を擁しています。詳しくは、www.hitachi.co.jpをご覧ください。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)について
QSTは平成28年4月1日に発足した国立研究開発法人です。QSTではフュージョンエネルギーの研究のほか、高機能材料・デバイスの創製や最先端レーザー技術とその応用によりSociety5.0や持続可能な社会の実現を目指す「量子技術基盤に関する研究開発」、量子論や量子技術に基づく生命現象の解明と医学への展開に取り組む「量子生命科学研究」、重粒子線治療、PET等による高精度診断、及び標的アイソトープ治療等を通じて健康長寿社会の実現を目指す「がん、認知症等の革新的な診断・治療技術に関する研究開発」などを推進しています。 さらに、今後は国から指定された基幹高度被ばく医療支援センターとして、被ばく医療に関する技術開発や人材育成等に加え、官民地域パートナーシップによる3GeV高輝度放射光施設「NanoTerasu」の整備・運用も着実に実施していきます。
詳細はこちら(https://www.qst.go.jp/)をご覧ください。