【元虎番キャップ・稲見誠の話】わずか4日後の〝方針変更〟…だから藤川野球はオモシロイ!
4日前のコメントと打って変わって、阪神・藤川球児監督の反応はそっけないモノだった。
「何もないです、はい」
29日のヤクルト戦(神宮)で、虎党が待っていた布陣が復活した。佐藤輝明内野手(26)が5月24日中日戦(バンテリン)以来、28試合ぶりに「三塁」。前川右京外野手(22)は5月21日巨人戦(甲子園)以来、31試合ぶりの「6番・左翼」。森下翔太外野手(24)は27試合ぶりに「右翼」に就いた。遊撃手と投手を除けば開幕メンバーを並べる采配が的中。森下の先制ソロが決勝弾となり、佐藤輝は両リーグ最速20号を放った。前川も4点を挙げた五回の攻撃にからんだ。伊藤将司投手(29)は2年ぶりの完封勝利。勝負手を打って勝つ。藤川監督の凄みすら感じさせる快勝劇も、守備位置変更を問われると多くを語らなかった。しかし25日の交流戦ブレーク中の甲子園練習では熱弁をふるっていた。
シートノックでは「左翼・森下」「右翼・佐藤輝」だった。この布陣でシーズンに入るのか? との問いに「はい。これ以外考えていないです。何で?」。さらに続いた質問にこう答えていた。
「全く考えていないです。必要となれば、そうするかもしれないけど。言葉遊びをするつもりはないですからね。選手たちはたくさんいますから。迷わせない指針は必要です。言葉遊びはあまりしたくないですね。思わせぶりの方が、みなさんにとってはいいだろうけど、思わせぶりは、選手からすると非常に精神状態の安定さを欠いてくるので、僕が求めている野球像とは違いますね」
何が〝言葉遊び〟で、〝思わせぶり〟とは? 昨秋の監督就任から始まった球児構文。要は守備位置変更示唆が言葉遊びであり、思わせぶり。「心の安定」をV奪回のキーワードに掲げる藤川監督らしい丁寧に、しかも多くの言葉を費やした表現で、両翼並び立つを示唆していた。
なのに…だ。虎将にしてみれば何らかの理由があっての「だから…」なのだろうが。2ー0の無失点勝利を収めた28日の一戦では来日中の家族に体調不良者が出て、三塁に入っていたラモン・ヘルナンデスが試合途中で退いた。一夜明け、ベンチ入りメンバーに名を連ねていた。「ヘルナンデスが使えない」から元に戻した、とは考えられない。大胆な采配。藤川野球の醍醐味が如実に表れた作戦だった。
「4番・近本光司」のように岡田彰布前監督も見る者を驚かせていた。喜怒哀楽を隠すこともなかった。周囲の関係者が不安視するほど、相手ベンチにも伝わっていた。それでも独特の勝負勘で日本一を達成した。藤川監督も前任者とは違うタイプの勝負師。ベンチで表情は変えない。腹の中も見せない。「一喜一憂はしない」。選手に説いているように、自身もまた〝鉄仮面〟。そして白星を積み上げる。新人監督とは思えない策士だ。
交流戦で7連敗を食らったとはいえ、セの5球団にも負けが込み、首位の座を明け渡すことはなかった。運もあるが、虎将の方針は吉と出ている。多少の波はあっても佐藤輝の歩みは止まらない。一時の不振から脱出した森下は2戦連続本塁打を記録した。1軍復帰即スタメンとはならなかった前川にも、その意味はわかっている。
終わってみれば月間11勝11敗。実りの秋につながるであろう6月の感想は「特に何も。何か言えることがあるのかなって感じですけど」。憎いほど落ち着いている。7月1日からは甲子園で巨人3連戦。次はどんな手を打つのか。虎将の野球脳は常に最善を探している。
■稲見 誠(いなみ まこと) 1963年、大阪・東大阪市生まれ。89年に大阪サンスポに入社。大相撲などアマチュアスポーツを担当し、2001年から阪神キャップ。03年には18年ぶりのリーグ優勝を経験した。現在は大阪サンケイスポーツ企画委員。