高市政権の「隠れたインフレ税」の盲点
今年度の税収が初めて80兆円台となる見通しだ。昨年度の75兆円から5兆円以上の増収だが、これは当たり前である。政府支出や公共料金は名目ベースで固定されているが、たとえば消費税収は物価が上がると増えるので税収は上がるのだ。これがインフレ税である。
税収の増えた原因はインフレ税
ここ5年、財政収支が改善した最大の原因は、島澤諭氏も示すようにインフレ税である。2020年を100とする消費者物価指数でみると、今年10月は112.7。つまりこの5年間に政府の実質債務が約13%減ったのだ。税収面でみても、2020年度から25年度までに税収が約60兆円から20兆円も増え、財政赤字が減った。
日本経済新聞
財務省の「2025年度プライマリーバランス赤字ゼロ」という目標は実現可能だったが、高市首相は財務省の原案を「こんなしょぼいものはだめだ」と一蹴し、財政赤字を11兆円以上増やす21.3兆円の補正予算を組んだ。
インフレ税はゆがみの少ない資産課税
意図的にインフレを起こして政府債務を削減するインフレ税のアイディアは新しいものではなく、その理論的な研究は多いが、結論はおおむね一致している。すべての個人に一律に課税するインフレ税は消費税に近く、資源配分のゆがみの少ない税である。
最大のメリットは、所得税のかからない金融資産にもかかる資産課税の役割を果たすことだ。金持ちの預金が目減りするので富の分配は公平になり、政府の補助金や公共料金はすべて名目ベースなので、インフレで軽減される。だから「インフレは不公平だ」という批判は誤っている。
特にインフレ税でしかできないのは、世代間の所得分配を公平にする効果だ。公的年金などの社会保障給付の減額は政治的にきわめて困難だが、インフレで実質的に減額できる。年金はマクロ経済スライドの先送りで大幅に過払いになっているので、凍結すれば実質額が減る。
円安で資本逃避が起こると通貨危機になる
ただインフレ税には盲点がある。シムズの根拠とする物価水準の財政理論(FTPL)は閉鎖経済の理論であり、資本逃避を考えていないのだ。インフレになると円は減価するので、資産保有者がインフレを予想すると海外逃避し、国際資本移動が完全だとするとインフレ税は無効になる。
今の円安の原因は日米金利差ではなく、明らかに高市政権によるインフレ税のリスクある。それは日本国債がデフォルトするリスクではなく、インフレ税で実質債務のデフォルトが起こるリスクなのだ。その証拠に、高市氏が自民党総裁に当選した10月4日にドル/円は大きく上がり、その後はほとんど下がっていない。
インフレになると円が下がる(外貨が上がる)が、これは輸入品への一律課税になり、物価が上がる。これによって名目金利が上がるので、元利合計の政府債務が増え、さらにインフレになる…という悪循環でハイパーインフレになる可能性もある。
ただほとんどの国民は合理的ではないので、インフレ税は有効である。最大のメリットは、ほとんどの人がそれを税負担だとは思わないことだ。家計金融資産2200兆円の半分は現預金なので、これが目減りすることによって財政が健全化される。
インフレ税はコントロールできるか
財政リスクを避ける財政インフレは、日銀にはコントロールできない。高市首相がインフレの中で「積極財政」を掲げている限り、債券市場は国債を売り、外為市場は円を売るだろう。これは日銀が利上げしても変わらない。
高市首相や片山財務省は為替介入をちらつかせているが、そんなもので円安の流れは変わらない。トルコのようにバラマキ財政と低金利でインフレが激化するとキャピタルフライトが起こり、通貨が暴落して経済が破綻する。
最近の円安も高市政権のインフレ税で円が減価すると外為市場が予想しているための政治的な円安で、日銀が止めることはできない。自国通貨建ての国債は名目債務ではデフォルトしないが、トルコのように政府が意図的にインフレ税をかけると実質債務のデフォルトは起こりうる。
財政インフレをコントロールするには、バーナンキも指摘したように、政府と日銀の協調が必要である。たとえば3%のインフレ目標を設定しても政策金利だけではそれを維持できないので、政府が財政支出を拡大し、日銀がその国債を引き受けてマネタリーベースを供給する必要がある。
これは現在の政府と日銀のアコードに反するので、アコードを更新する必要がある。これによって債券市場の需給はコントロールできるが、資本流出をコントロールできるかどうかはわからない。インフレ税のリスクは大きいが、高市政権はその方向に踏み出した。