人類は禁忌を破る?ゼロからヒトゲノムを合成する禁断のプロジェクトが始動…
イギリスの研究者チームが、これまで誰も本気で踏み込まなかった領域に挑もうとしています。
それは人間のDNAを人工的にいちから書き上げるという、まさにSFのような計画。
狙いは、人間のゲノムの謎を解き明かして病気の理解や治療を根本から変えること。でもその一方で、「デザイナーベビーが当たり前になるディストピアになるのでは」という不安の声も。
確かに、ちょっと怖い感じがしないでもないですよね。
ヒトゲノムを丸ごと合成する
この野心的なプロジェクトを後押ししているのは、世界最大級の医療研究支援団体ウェルカム・トラスト。なんと約1170万ドル(約16億7000万円)を投じて「合成人間ゲノムプロジェクト(SynHG)」を本格始動させました。
プロジェクトリーダーを務めるのは、オックスフォード大学のJason Chin教授で、イギリス国内の大学や研究機関と連携して進められます。
Chin教授のチームは、最近、大腸菌の完全なゲノムを合成することに成功しています。とはいえ、ヒトゲノムは大腸菌の約650倍のサイズ。今後5年ほどかけて、ゲノムをゼロから設計・合成するための技術やツールを開発していく計画ですが、桁違いの難しさだと想像されます。
チン教授は「人間の細胞を含む大規模なゲノムを合成できるようになれば、ゲノム生物学の理解が一変し、バイオテクノロジーと医療の可能性が根本から広がるでしょう」と期待を語っています。
実はウェルカム・トラストは、25年前に完了したヒトゲノム計画にも巨額の資金を提供していました。でも今回は「人間のDNAを無から組み上げる」という、さらに野心的な挑戦。完成には何年、もしかしたら数十年かかるかもしれません。
「ゲノムのダークマター」を解明できる?
このプロジェクトの大きな目標は、まず完全な合成人間染色体を作ること。これに5〜10年をかける計画です。
ゲノム編集が一度に数個の遺伝子を操作するのに対し、ゲノム合成はDNAをもっと大きなスケールでデザインできます。DNAには、なんの働きをしているのかまだほとんどわかっていない領域があり、「ゲノムのダークマター」と呼ばれています。もし人口DNAができたら、そのダークマターにも光を当てられるかもしれないんです。
「人間のゲノムは、単なる遺伝子の羅列ではありません。膨大な未知の領域があり、それを理解するには一から組み立ててみるのが一番です」と、MRC分子生物学研究所のJulian Sale氏は話しています。
デザイナーベビーの未来?それとも医療革命?
一方で、当然ながら倫理面の懸念もあります。
エディンバラ大学のBill Earnshaw教授は「将来的に合成人間や生物兵器、あるいは人間DNAを持つ新種が作られる可能性はゼロではない」とBBCに語っています。ただし、そこまでの技術が現実になるのはまだまだ先の話です。
ウェルカム・トラストもこの問題を無視するつもりはありません。プロジェクトと並行して、ケント大学のJoy Zhang氏が主導する社会的・倫理的影響の研究にも資金を投じています。
「この技術はいずれ誰かがやるものです。だからこそ、今この段階でできるだけ責任ある形で進め、倫理的・道徳的な問いに正面から向き合いたいのです」と、ウェルカム・トラストのTom Collins氏は語りました。
誰かがやるから高い倫理観を持った人がやるべき━━。倫理観が問われる研究が動き出すたびにこのフレーズを耳にするような気がします。
でも、素直に受け止められないのはなぜでしょう。あ、映画『オッペンハイマー』でも言われていたからか…。