この10年間で5人→155人に爆増…実務経験なしで美容診療に流れ込む「若手キラキラ系医師」は誰が悪いのか 日本だけの問題ではなく、世界中で同じ傾向にある

医学部卒業後、臨床研修を終えてすぐに美容外科などに就職する医師、「直美」が増えている。慶應義塾大学医学部の木下翔太郎特任助教は「若手医師のモラル低下を嘆くのは間違っている。根底には、医療界が抱える根本的な問題がある」という――。(第2回)

※本稿は、木下翔太郎『現代日本の医療問題』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/AmnajKhetsamtip

※写真はイメージです

若い医師で美容外科になる人はこれだけ増えている

美容医療では通常の医療よりもトラブルが生じやすい理由は先に示した通りであり、美容医療全体の増加に伴ってトラブルも増えることは想像に難くありませんが、なぜこうした状況が改善されず、増え続けているのでしょうか。美容医療業界の中で、教育や再発防止対策などの自浄作用は働いていないのでしょうか。

このような状況を理解する一つのキーワードが「直美」です。

美容外科医の数が急増していることを先ほど述べましたが、近年の傾向として、特に若い医師で美容外科になる人が増えています。年齢の内訳を図表1に示しました。

現代日本の医療問題』(星海社新書)より[※厚生労働省、「資料1 美容医療に関する現状について」より筆者作成]

2010年では20代の美容外科医は5人なのに、2022年は155人とかなり多くなっています。医者の世界で20代というのは初期臨床研修医を終えて間もない医者、ということになります。

仮に医学部に高校3年生、18歳で現役合格し、留年なしで医学部を6年間で卒業し、初期臨床研修医を2年終えたとすると、単純計算で26歳です。そこから数年もしないうちに、あるいはすぐに美容外科に入職しないと20代のうちに美容外科を名乗ることは困難ということになります。

近年ではこうした若い美容外科医が増えており、特に、初期臨床研修を終えてから、他の診療科・勤務先を経由せずに、“直接”、美容外科に入職する医者を「直美」と呼んでいます。

「お金が欲しいの?」

図で示したように、このような医者は、かつては全国的にもかなり稀な例でした。通常、初期臨床研修を終えた医師は、自分の専門診療科を決め、その診療科の専門医になるために、大学や大きな総合病院などに就職し、研鑽を積むことになります。

美容外科医についても、初期臨床研修終了後に大学病院などで形成外科医としての修練を積み、一定の技術を習得した上で、開業・入職する医者が大半でした。また、外科医など、もともと他の診療科だった医師が、過酷な労働環境から離れるため、美容外科に転職するというケースもそれなりにあったようです。

そして、かつては、美容外科はマイナーな存在であり、かつ自由診療であるということから、そもそもそうした領域自体が、医療者を育てる大学において“タブー”のような風潮がありました。例えば、2015年に医学部を卒業した救急医の中村龍太郎先生は次のように振り返っています。

私が初期研修医の頃は、初期研修を終えてすぐに美容医療に進む人は滅多におらず、話題に上ること自体が稀でした。美容に進むという話をすると、「お金が欲しいの?」、「何か特別な事情があるの?」などといった見方をされることが多かったように思います。


Page 2

例えば、ドイツやフランスでも、若手医師の価値観について、上の世代とは違う傾向があると、言及されています。

【ドイツ連邦保険医協会 専門委員会・情報管理運営部長 イルツヘーファー氏】 若い医師は、いくら儲かっても田舎には行こうとしない。儲からなくても楽しみも文化もあるベルリンのような都会で働こうとする。(2023年6月5日談)

【フランス医師会 副会長 ラバリエール氏】 社会が変わり、以前の医師のように若者は働きたくないと考えている。我々の頃は、週に7日間、朝7時から夜23時まで働いたものだが、今の医師はそのような働き方はしない。ワークライフバランス、スポーツ、趣味の時間を大切にしたがる。価値観を置くところが違う。その結果として、1人の医師の活動量が減った。(2023年6月8日談)

また、こうした若い世代の価値観の変化は、医師に限らずあらゆる業種でみられています。

例えば筆者が勤務した経験のある国家公務員も、長時間労働などが常態化し“ブラック”な労働環境だとされていますが、近年ではそのような働き方が若い世代から敬遠されているとのことで、志願者の減少が続いています。

話を戻しますと、若手の医師が私生活を重視する働き方を求めることは、世代的なトレンドに沿ったものであり、それ自体がモラルの低下とはいえないと考えます。

修羅場を経験する機会がない

また、一般の保険診療医療で厳しい労働環境が続いている中で、高い年収と働きやすさを提示する美容医療などの自由診療に惹かれる若手が増えることも、ある種当然かもしれません。経済が停滞しているから医学部人気が高まっている状況と似ている部分があります。もちろん、悪質な事例に加担している例は論外ですが。

“直美”で問題視されている点の一つは、質の低い美容医療に繋がっていないか、という点です。日本美容外科学会(JSAS)は現状の美容医療における医師育成について次のような課題を挙げています。

・臨床研修修了後、すぐに美容医療クリニックに就職し、JSASに入会する医師が2024年4月時点で3割強存在している。 ・美容医療クリニックに就職するまでに、形成外科、外科、皮膚科などで十分な臨床経験を積まずに、美容医療を行っている。 ・周術期における循環系及び呼吸系管理の経験が少なく、術中出血や呼吸不全など緊急時に対応できていない症例がある。

・美容医療の合併症対策を学ぶ機会が少ない。

大学病院などの後期研修医として形成外科などの専門医資格を取得するプログラムに参加していれば、上級医の指導のもと様々な手術・症例を経験し、合併症が生じた事例の対応などについて広く学ぶことになります。

写真=iStock.com/gorodenkoff

※写真はイメージです

しかし、いきなり美容医療のクリニックなどに就職してしまうと、そうした難しい症例、いわゆる“修羅場”を経験する機会がありません。また、当然ながら手技などの技術も未熟な状態で就職することになります。


Page 3

筆者もほぼ同じ時期の2014年に医学部を卒業しましたが、やはり美容医療というのは大っぴらに公言できるような進路ではなく、美容医療などの自由診療に行くというのは、すなわち金儲け、極端に悪く言えば「悪魔に魂を売る」ようなもの、そんな風に捉える風潮があったように思います。

写真=iStock.com/erdikocak

※写真はイメージです

筆者が医学部生・研修医をやっていた頃には、「将来、何科になりたいの?」と教員や上級医から聞かれた時に「美容です」と答え“られ”る人はいませんでした。そんなことを言えば、「けしからん!」と怒られたり、白い目で見られたりすることが目に見えていたからです。

なお、筆者の大学の同級生を調べてみると、現在では美容医療や自由診療領域で開業している人も複数おり、中にはSNSのフォロワー数が10万人以上というインフルエンサーになっている者もいるようです。

しかし、そうした同級生たちも初期研修を終えた後に大学などの形成外科での後期研修を経て開業しているようで、筆者らの世代の感覚では“直美”は、やはり躊躇われる進路だったといえます。

しかし、現在は、美容医療を受ける人・美容外科医が急増していることから、若い医師の間で美容医療という進路が“よくある”選択肢の一つとしてみられるようになっています。そのため筆者の周りでも、学生や研修医で「将来は美容医療(or自由診療)を考えています」と公言する若手の目撃事例が増えました。

若い医師のモラル低下が問題なのか

これは、昨今パワハラなどへの目も厳しくなり、教員や上級医も不用意に説教などできない時代のため、そのように言われても怒られなくなっているから公言できるようになったからという見方もできるかもしれませんが、昔では考えられなかった変化だと感じています。

もちろん個々人の進路・希望は自由であって構わない、という前提はあるものの、最初から保険診療をやらない、と公言されてしまうと、大学病院・総合病院内における医療の運用や診療報酬・医療制度のことなどを教育しようと考えていた教員・上級医のモチベーションは大きく削がれます。

それだけなら上の世代の心の中の問題で済むのですが、「私は美容(or自由診療)志望なので、関係ない内容を学ぶ気はありません」といった態度を明確にして積極的に「お客様」であろうとする研修医も出てきているとのことで、医師の世界の中でもこうしたジェネレーションギャップが話題に出ることが増えました。

このような話をすると、若い医師のモラルが低下していてけしからん、と感じる人も多いかもしれません。しかし、若い世代が「コスパ」(コストパフォーマンス)・「タイパ」(タイムパフォーマンス)重視で、ワークライフバランスを優先する傾向になっているのは日本以外でも同様の傾向がみられています。


Page 4

“直美”で就職した先で、大学や総合病院のような教育・研修が受けられれば問題ないはずですが、実態としてはそのような体制が整っているところはほとんどないようです。結果として、“直美”の医師が提供する医療は質の高いものにはなりづらく、患者トラブルの温床となっていることが危惧されます。

こうしたことから、美容医療機関の中でも、“直美”はNGと明言しているところも少なくありません。しかし、“直美”を採用し、リスクの高い処置を行わせている医療機関がある以上、若手の医師の流出は止められません。

問題なのは“直美”を選ぶ若手医師ではなく、技術の未熟な若手医師を、十分な教育体制を整えないまま採用する医療機関の方ではないでしょうか。

さらに、現行の医療制度では、医師ひとりひとりの進路は自由に決められる状況ですが、果たして若い医者が大挙して美容医療や自由診療に行ってしまったら、保険診療、病院は誰が支えていくのか、という問題があります。

“直美”をはじめとする美容医療への集中について危惧する声として注目を集めたのが、2023年12月21日に出された日本医学会連合の「専門医等人材育成に関わる要望書」の中の次のような記載です。

直美をめぐる国の対応

医学部卒業生や臨床研修医が十分な臨床的修練を経ずに保険診療以外の領域への大量流出(確定的な数値ではありませんが、2023年度の関係諸機関の調査で、美容領域で医学部2つ分に相当するような多数の新規の医師採用がありました。)

医師の地域偏在・診療科偏在を解消するため、さまざまな研究・議論・政治的調整を経て医学部の定員を増加させ、新専門医制度を構築してきたにもかかわらず、美容医療に若手医師が大量に流出するという状況は、医療界に大変な危機感を与えました。

こうした美容医療への医師の集中や、前述したトラブル事例の増加などを受け、厚生労働省は2024年6月に「美容医療の適切な実施に関する検討会」を立ち上げ、同年11月に報告書を公表しました。この検討会では、ここまで紹介してきたような昨今の美容医療をめぐる様々な問題が広く取り上げられ、今後の対応策の方針が示されました(図表2)。

さらに、これらの方針の提示に加えて、政府は、美容医療を中心とした自由診療に医師が流れるのを抑制するため、保険診療を行う医療機関を開業する要件に、保険医として3年以上の勤務経験を求めるルール整備を行う方針を示しました。

関連記事: