「インフル」にかかっても出勤する人も…職場で“感染拡大”したら賠償責任問われる?【弁護士解説】
もしインフルエンザに感染したにもかかわらず出勤し、職場の同僚にうつしてしまった場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。弁護士に聞きました。
インフルエンザの患者数が全国的に増加しています。厚生労働省によると、第45週(11月3日から同月9日まで)のインフルエンザの定点当たりの報告数は21.82人で、前週の約1.5倍となっています。このうち、岩手県、宮城県、福島県、埼玉県、神奈川県の5県で、警報レベルの基準である30人を超えています。
そんな中、インフルエンザに感染しても休まずに出勤する人がいるようで、SNS上では「職場でインフルエンザなのに出勤している人が数名います」「会社の上司がインフルエンザなのに黙って出勤した」「インフルエンザに罹患(りかん)しているのに出社してきた新人がいた」などの声が上がっています。
もしインフルエンザに感染したにもかかわらず出勤し、職場の同僚にうつしてしまった場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の弁護士・佐藤みのりさんに聞きました。
Q.そもそも、インフルエンザにかかった場合、法律上、登校や出勤を控えなければならないのでしょうか。また、学校や職場にインフルエンザの感染を報告しなければならないのでしょうか。理由も含めて、教えてください。
佐藤さん「登校については、学校保健安全法に基づき、登校を控える必要があります。学校保健安全法19条は『校長は、感染症にかかっており、かかっている疑いがあり、またはかかる恐れのある児童生徒等があるときは、政令で定めるところにより、出席を停止させることができる』と定めています。季節性インフルエンザの出席停止期間は、『発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで』です。
ただし、病状により学校医その他の医師において感染の恐れがないと認めたときは、この限りではありません。
出勤について、季節性インフルエンザは、感染症法上5類に分類されており、労働安全衛生法上、就業制限の対象とされておらず、出勤を控えなければならない法的義務はありません。新型インフルエンザについては、労働安全衛生法に基づき、就業が禁止されています。
季節性インフルエンザの場合、法律上、出勤が禁止されているわけではないものの、会社は労働者の健康や安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負っており、就業規則において、感染症に罹患した場合の『就業禁止規定』を置いていることが多いと思われます。その場合、無理に出勤すれば、就業規則違反の責任を問われる可能性があります。インフルエンザの罹患が判明した場合は、出勤を控えましょう。
インフルエンザの感染報告は、学校の場合、出席停止の前提として報告することが必要だと考えられます。職場の場合、会社の就業規則で感染や感染疑いについて報告義務を定めていることがあります。就業規則で報告義務や出勤禁止を定めていなかったとしても、感染したまま出勤すると、職場に感染を広げてしまうリスクが高いです。企業秩序を守り、雇用主の利益に配慮して誠実に行動する観点からも、感染の事実は自主的に報告するのが望ましいでしょう」
Q.医療機関でインフルエンザと診断されたにもかかわらず、そのまま出勤してしまう人もいるようです。もし出勤後、職場でインフルエンザの感染が拡大した場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。
佐藤さん「通常、インフルエンザと診断されたにもかかわらず、出勤してしまうケースでは、感染の事実を隠して出勤するものと思われます。感染の事実を会社に報告した場合、通常の会社では、出勤しないよう求められます。会社からの指示に反して出勤したとすると、指示に反したことを理由とする処分がなされる可能性があります。
いずれにせよ、インフルエンザに罹患した状態で出勤後、職場でインフルエンザの感染が拡大し、会社に損害が生じた場合、理論的には、会社から損害賠償責任を追及される可能性が考えられます。しかし、一般に、会社の従業員に対する損害賠償請求は限定的な場合にしか認められませんし、職場での感染拡大の原因が、特定の従業員にあることを明らかにするのは困難であり、実際に会社が損害賠償訴訟を提起することは、ほとんどないように思います。
また、出勤によって、職場でインフルエンザの感染拡大があったかどうかにかかわらず、就業規則の『感染時の就業禁止規定』などに違反したとして、会社から注意を受けたり、始末書の提出を求められたりすることはあり得ますし、懲戒処分の対象になる可能性もあります」
Q.では、もしインフルエンザに感染して数日休んだ後、完治していない状態で出勤し、職場の同僚にうつしてしまった場合も法的責任を問われる可能性は低いのでしょうか。
佐藤さん「先述のように、インフルエンザにかかる経路はさまざま考えられ、特定の従業員が完治しないまま出勤したことが原因で、職場の同僚がインフルエンザに罹患したと明らかにすることは困難であり、法的責任を問われる可能性は低いです。
インフルエンザに罹患した場合、何日休むべきかについては、一律のルールがあるわけではありません。会社に相談の上、医師の判断を尊重し、出勤を再開させましょう」
Q.職場での感染症に関する事例や判例はありますか。
佐藤さん「飲食店が感染対策を怠ったことにより、複数の従業員が同時期に新型コロナウイルスに感染した事案で、裁判になったものがあります。
新型コロナウイルス感染後に死亡した従業員の遺族が店側を訴え、損害賠償を求めた訴訟で、東京地方裁判所は、2025年3月27日、店側に6800万円余りの賠償を命じる判決を言い渡しました。裁判では、『緊急事態宣言の発令中も24時間営業を続け、アルコールの提供も制限しなかった。客同士の間にアクリル板を設置せず、20人ほどの客が宴会を開いたこともあった』と指摘されています。また、『男性は住み込みで長時間働き、店以外で感染者と接触する機会はなかったとみられる。ほぼ同じ時期にほかに3人の従業員も感染し、有効な感染対策が取られていなかったのは明らかで、従業員が感染すると十分に予見できたのに対策を怠った』とし、賠償が命じられました」
(オトナンサー編集部)