コラム:トリプルレッドの米国と政権基盤脆弱な日本、ドル/円相場の展開を読む=植野大作氏

 日米の国政選挙の結果がおおむね出揃った。日本の衆議院選挙では自民党と公明党の連立与党が議席を減らして過半数を維持できず、その後に行われた衆院本会議での首相指名選挙を経て発足した第二次石破内閣は「少数与党」という脆弱(ぜいじゃく)な政治基盤で船出した。植野大作氏のコラム。フロリダ州ウェストパームビーチで6日撮影(2024年 ロイター/Brian Snyder)

[東京 18日] - 日米の国政選挙の結果がおおむね出揃った。日本の衆議院選挙では自民党と公明党の連立与党が議席を減らして過半数を維持できず、その後に行われた衆院本会議での首相指名選挙を経て発足した第二次石破内閣は「少数与党」という脆弱(ぜいじゃく)な政治基盤で船出した。

一方、米国の大統領選挙は「史上まれに見る接戦」との下馬評を覆し、共和党のトランプ候補が圧勝、同時に行われた議会選挙でも共和党が上下両院の過半数を獲得した。来年1月に発足する第二次トランプ政権による大胆な政策変更への期待が盛り上がっている。

そのような政治体制の下で想定される日米両国のポリシーミックスが今後のドル/円相場に与える影響について、現時点における筆者の見解を示しておきたい。

<第二次石破内閣で想定される財政拡張と金融引き締め>

まず日本サイドでは、「少数与党」に転落した自民党と公明党に野党第三党の国民民主党が「部分連合」の形で政策協議に加わり、拡張的な財政政策が採用される可能性が高い。今年度の補正予算や来年度の当初予算では、国民民主が主張する「年収の壁」の引き上げや「ガソリン減税」などの措置が盛り込まれることになりそうだ。

一方、今年3月にマイナス金利を解除、7月に追加利上げを実施した日銀は、今後の経済・物価情勢が予想通りであれば利上げを続ける方針を堅持している。植田和男日銀総裁は7月会合後の会見で今後の利上げ余地について「0.5%の壁」の存在を明確に否定しており、現行0.25%の政策金利は来年度中には0.75%界隈まで引き上げられる可能性が高い。

第二次石破内閣の下で想定される財政拡張と金融引き締めのポリシー・ミックスは、教科書通りに受け止めれば円金利の上昇と円高圧力を生みやすい。しかし、そのような政策期待が芽生えているにもかかわらず、実際にはドル/円は9月安値の139円台から11月高値の156円台まで、約2カ月で17円も円安に振れている。なぜだろうか。

後述する米国側の環境変化の影響もあるだろうが、日本の放漫財政への懸念や金利水準の絶対値の低さも一因だろう。日本の政府債務の国内総生産(GDP)比は現在250%を超えており、米国の125%の約2倍の水準にある。そのような状況下で拡張的な財政政策が採用されて日本の長期金利が上昇しても、「悪い金利上昇」と市場に受け止められ、安定的な円高圧力を生まない可能性がある。

そのような環境で日銀が大幅な利上げを進めると、政府の利払い負担が増えて政府債務の発散懸念が明滅するほか、中堅中小企業の運転資金の借り入れコストや個人の住宅ローン返済負担も増えることが避けられなくなる。現在の日本経済に大幅な利上げに耐え得るだけの財政基盤や民間の基礎体力が備わっているかどうかは疑わしい。

来年の7月までには参議院選挙も実施されるので、石破首相も日銀に早期の利上げ加速は望んでいないだろう。自公との「部分連合」で財政協議に臨んでいる国民民主党は日銀による低金利維持の必要性を訴えているほか、自民党内にも積極財政と低金利の組合せを好む「アベノミクス推し」の勢力が「石破首相の後釜」を狙っているとの見方も根強い。

蛇足になるかもしれないが、今でも日銀のホームページには、故・安倍元首相の遺産である「共同声明」が掲載されている。政府と日銀は「一体となって」政策運営に取り組むと宣言しているので、政府の意向を完全に無視した金融政策の運営はやり難い。日銀による金融政策の正常化プロセスには政治的な雑音が混じりやすい日々が続くだろう。

筆者は常々、日銀による利上げで円安是正を安定的に進めるためには、日本の政策金利を最低でも欧米並みの物価目標2%を上回る領域まで底上げする必要があると考えている。だが、昨今の政治情勢に鑑みると、ハードルはかなり高そうだ。今後、日銀が追加利上げを実施する前後にワンタイムの円高ショックは起きそうだが、持続的な円高圧力は生まれにくいと考えている。

<「トリプルレッド」の影響とマスク氏新省設立の効果は>

一方、米国では先の選挙で圧勝したトランプ次期大統領と上下両院での多数派を獲得した共和党による「トリプルレッド」の政治体制が最低2年は続きそうな状況の下で、拡張財政、貿易保護主義、移民制限などの政策を進めやすくなるとの思惑が台頭し、米金利上昇・ドル高の「トランプ・トレード」が進んでいる。

このため、11月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で2会合連続の利下げが実施され、米国の政策金利が利上げのピークの5%台前半から4%台後半まで累計0.75%も引き下げられたにもかかわらず、米長期金利は半年ぶりに4.5%の節目を突破、ドル/円相場も156円台に上昇するなど、教科書通りの定石に反する動きが目撃された。

ただ、今回の米議会選挙で当選した議員による議会が初めて開かれるのは、来年の1月3日であり、トランプ次期大統領の就任式を経て「トリプルレッド」の政策運営が始まるのは、来年の1月20日と、まだあと2カ月近くも先だ。米大統領・議会選挙の結果判明後に観測された米長期金利とドル/円相場の上昇は、勇み足であると同時に、「いいとこ取り」の印象も否めない。

トランプ次期大統領が公約に掲げていた「法人税の一部引き下げ」、「大型所得減税の恒久化」、「チップや残業代への課税の廃止」などには議会審議が必要なため、実施されるまでに時間がかかる。新設される「政府効率化省」のトップに就任する予定のイーロン・マスク氏は、連邦政府支出の3割に相当する2兆ドルもの歳出カットを示唆しており、両者差し引きでどの程度の景気刺激になるかについては法案が成立するまで分からない。

一方、輸入関税の一部引き上げや不法移民の強制送還などの施策については、議会審議の必要がない大統領令で早期の実施が可能だ。ただ、輸入関税の引き上げは短期的には輸入物価の上昇をもたらすものの、実際に税金を払うのは米国の輸入企業であり、相手国による報復関税が米国の輸出品に課されれば米国の輸出企業も打撃を受ける。不毛な関税合戦が激化すれば、長期的には米国経済の経済成長率の押し下げ要因になる可能性もある。

トランプ次期大統領が公約に掲げた移民政策の引き締めについても、短期的には米国内の人手不足が賃金インフレをもたらして金利上昇圧力を生むかもしれないが、長期的には労働力人口の伸び率鈍化を通じて米国の潜在成長率の低下要因にもなりかねない。そのような現実に市場の目線が移れば、現在観測されている一方的な米金利上昇の初期反応は修正を迫られる可能性もある。

このため、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長はこれまで同様、「金融政策の独立性」を堅持、政治的ノイズに左右されずに「経済データ重視」の政策運営を続けるだろう。第二次トランプ政権の発足後、上記諸々の政策が実現されれば、今後の利下げのペースや幅に何らかの影響が及ぶかもしれないが、それを現時点で織り込むのは時期尚早だ。

そのような状況認識を踏まえた上で、9月のFOMCで更新された最新の政策金利見通しをみると、米国経済の軟着陸を前提に、今秋から始めた利下げは2026年中に「長期の中立金利」と同じ2.875%で打ち止めになる可能性が示唆されている。

今後の米国経済・物価情勢がFRBの見通し通りになるならば、現在の利下げサイクルは米国経済を冷やしも温めもしない「丁度いい湯加減」の水準で停止され、「金融緩和の領域」には踏み込まずに終了することになる。

その程度の利下げであれば、ドル/円相場が9月に一時139円台まで下落した時に市場は一旦織り込んでおり、FRBが掲げる長期の物価目標2%より高く、実質の期待値がプラスの領域にある状態が続く。このため、今後実際に利下げが進んでも、限界的なドル安インパクトは限られるだろう。

さらに、米利下げ開始後に発表された雇用統計、小売売上、消費者物価指数などの経済指標が比較的しっかりしていることもあり、現在米国の政策金利先物市場では26年中に想定される利下げのボトムがFRBの見通しである2%台後半の遥か手前で停止され、3%台後半で打ち止めになる可能性が意識されている。

市場が織り込む米利下げのターミナル水準が1%程度も底上げされたことにより、米利下げサイクルの最中にあってもドル/円相場は139円台から一時156円台まで上昇しているが、この反発は、期待先行の「トランプ・ラリー」にあおられている面がある。今後一気に160円を超えるような展開になるとは思い難い。

ただ、筆者が所属するチームのエコノミストは、米国の利下げサイクルが3%台前半で打ち止めになる姿を想定している。そのような見方に誤りが無ければ、今後の為替市場で「トランプ・ラリー」による底上げ分が剥落しても、1ドル=140円台を割り込む円高が再び進む可能性も低そうだ。当面のドル/円相場は150円台を中心に底堅く推移するだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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