AI超大国へ、中国が米国猛追-清華大の特許数、ハーバードやMIT凌駕

中国トップクラスの理工系学生で活気あふれる清華大学の北京キャンパスで、「脳・知能実験室」のある新しい棟は静まり返っている。研究者たちの決意は固く、数式で埋め尽くされたホワイトボードと塗りたての塗料のにおいに囲まれながら、人間の心の仕組みを解読しようとしている。

  清華大は中国における理工系大学の最高峰として長く知られてきた。米国のスタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)、カーネギーメロン大学を「合わせたような存在」と形容する人もいる。だが今年は、清華大だけでなく中国全体にとっても転機の年となった。

  中国の人工知能(AI)スタートアップ、DeepSeek(ディープシーク)が革新的な大規模言語モデル(LLM)を発表し、世界のテクノロジー業界を驚かせたことで、清華大の若き研究者たちの間には世界のトップと競い、追い越すことができるという新たな自信が芽生えている。同大の卒業生はこれまでに、国内有数のAIスタートアップ4社以上を立ち上げている。

  「DeepSeekは、中国のチームでもLLM競争をリードできることを示した」と語るのは、清華大で計算生物学の博士課程に在籍する26歳のユーヤン・チャン氏だ。

  清華大は長年にわたり学力の高さで知られてきた。米誌USニューズ・アンド・ワールド・リポートの世界大学ランキングでは、工学、AI、コンピューターサイエンス、化学工学といった分野で首位となっている。

  これまでと違うのは、知的成果を「金と名誉」に変える新たなチャンスが生じている点だ。習近平国家主席と中国共産党は、AIをはじめとする重要技術の開発に民間セクターの力を結集するよう呼びかけており、税優遇措置や補助金、政策支援でそれを後押ししている。

  DeepSeekの創業者・梁文鋒氏ら起業家は、巨額資金を調達して事業を構築できるほか、その姿が国営メディアで習主席と並んで紹介され、「国家的英雄」としてたたえられている。ちなみに習主席自身も清華大の卒業生だ。

  こうした状況の中で、清華大は大きな影響力を発揮している。卒業生はAI企業を立ち上げるだけでなく、アリババグループや字節跳動(バイトダンス)などの大手テック企業でもAI分野の主要なポストを担っている。

  学内の研究室では、業界トップの米エヌビディア製品に対抗するAIチップ「Accel」、創薬エンジン「DrugCLIP」、人間が提供したデータを介さず自律的に学習できる訓練プロトコル「Absolute Zero Reasoner」などが開発されている。

  同大の教授や学生らは膨大な知的財産を静かに蓄積しつつある。AI研究論文の被引用回数で上位100本のうち最も多いのは清華大の論文で、年間の特許取得件数はマサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、プリンストン大学、ハーバード大学の合計を上回る。

  データ分析サービスのレクシスネクシスによると、清華大は2005年から24年末までの間にAIおよび機械学習関連の特許を計4986件取得。そのうち900件余りが昨年だった。AI分野の有効な特許ファミリー(複数の国・地域で出願している関連特許群)では、中国が世界全体の半数以上を占めるという。

  「これはわずか10年足らずで起きた驚異的なイノベーション転換であり、中国がAI超大国を目指し進めてきた組織的な取り組みを反映している」と、レクシスネクシスの知的財産分析・戦略担当シニアディレクター、マルコ・リヒター氏(ボン在勤)はみている。

  清華大は、中国全体の教育戦略の中核を担う。その戦略は初等教育から始まり、現在ではAIが算数や国語と並んで授業に組み込まれている。こうした取り組みにより、米国よりもはるかに幅広いテクノロジー人材層が形成されつつある。

  ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)によると、中国で科学・技術・工学・数学(STEM)分野の学位取得者は20年に357万人と、米国の82万人と比べて圧倒的に多い。中国共産党機関紙の人民日報によると、昨年は500万人に達したという。

  中国の教育制度は長年、暗記と標準テスト重視の弊害に悩まされ、批判的思考を育みにくいとされてきた。しかし、清華大はその状況が変わりつつあることを示す一例だ。

  同大の伝説的教授の1人である姚期智(アンドリュー・チーチー・ヤオ)氏は、コンピューターサイエンス分野のノーベル賞とされるチューリング賞を中国で唯一受賞。プリンストン大、スタンフォード大、MITなどでの長年の研究生活を経て母国に戻り、教壇に立つ。

  清華大では、厳格で学際的な教育手法で知られる革新的なコンピューターサイエンスプログラム「姚班」を創設し、高い評価を受けてきた。脳・知能実験室はこの伝統を受け継ぎ、計算論的神経科学、工学、コンピューターサイエンスといった分野の交差点を探求している。

  AIスタートアップのサピエントは、こうした学際的アプローチの成果の一つだ。学部生だったグアン・ワン、ウィリアム・チェン両氏は23年、同実験室で人間の脳の層状推論構造から着想を得たAIシステムの構想を練り始めた。

  彼らの初期実験はサピエントの「階層的推論モデル(HRM)」として結実した。HRMは脳の情報処理を模倣し、時間をかけた体系的な思考と瞬時の反射的反応を合わせ持つ。このモデルは推論ベンチマークや複雑な数独パズルで、米OpenAIやアンソロピックの大規模モデルを上回る成果を上げている。

  現在24歳のワン、チェン両氏は、シリコンバレーで主流となっている大規模言語モデルとは異なる形で、汎用(はんよう)人工知能(AGI)への道を切り開こうとしている。彼らの戦略は、人間並みかそれ以上の水準であらゆる課題をこなせるAGIを構築することだ。

  チェン氏はキャンパス内のオフィスでのインタビューで、「われわれにはAGIへの独自の技術的アプローチがある。既存のモデルより10倍優れたAIアーキテクチャーを作りたい」と話した。

  米ハーバード大の元教授で統計学の第一人者であるジュン・リウ氏は今年、中国に戻り、清華大に新設された統計・データサイエンス学部の立ち上げに携わった。今は米主要大学から積極的に人材を招聘(しょうへい)している。

  リウ氏は新しいオフィスでのインタビューで、「政府、産業界、学界のいずれにおいても、AIと機械学習に対する熱意が非常に高い」と指摘。「資本のほか、中国政府のAIおよび関連分野を含む科学研究への支援が、AI分野の人材を引き寄せている」と説明した。

  米国は依然として最も影響力のあるAI関連特許と最先端のモデルを保有しており、ハーバード大やMITは特許の影響度の面で清華大を常に上回る。スタンフォード大のAIインデックス・リポートによると、米国の大学や企業が24年に生み出した注目すべきAIモデルは40件と、中国の15件を上回った。ただ、特定の性能ベンチマークでは中国勢が急速に差を縮めている。

  AI研究者の数で見ると、米国が主導的地位を維持し続けるのは困難になるかもしれない。首都ワシントンに本拠を置くシンクタンク、情報技術・イノベーション財団の最新データによると、世界上位2%のエリートAI研究者に占める中国人の割合は22年に26%と、19年の10%から上昇。一方、米国人の比率は35%から28%に低下した。

  計算生物学を専攻するチャン氏によると、清華大の卒業生は最近、海外ではなく中国にとどまる傾向を強めている。

  「クラスメートのほとんどは中国に残るだろう。今の清華大はこれまでで最も活気に満ちた状態だと感じている」と語った。

  (ブルームバーグ・ニュースの親会社ブルームバーグL.P.は、国際ジャーナリストセンター(ICFJ)と連携し、清華大のビジネスジャーナリズム学位プログラムを支援している)

原題:Xi’s School Fuels China AI Boom With More Patents Than Harvard(抜粋)

— 取材協力 Rachel Lavin

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