新米はやはり「値上がり」必至 生産者ですら「5キロ4000円台は高い…」とため息 買い付け競争激化に危機感を抱くワケ
早場米の収穫まであと1カ月ほど、消費者が気になるのは今年の新米の価格だが、昨年より値上がりするのはほぼ確実だという。集荷業者による米の買い付け競争が激しさを増しているからだ。
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8月には早場米の買い付け
6月下旬、千葉県匝瑳(そうさ)市に広がる水田では、青々とした稲が風に揺れていた。8月中旬になると、栄営農組合の100ヘクタールもの水田では稲の刈り取りが一斉に始まるという。
「いよいよ『本土決戦』がスタートする」
同組合の伊藤秀雄顧問は鋭い目つきでこう語った。
温暖な気候の千葉県は、「早場米」の産地として知られ、全国8位、約27万トンの収穫量を誇る(2024年)。8月になると東日本を中心に全国から集荷業者が米の買い付けに訪れる。
千葉の「価格」が全国に影響
「沖縄や九州の早場米は収穫量が少ないので、事実上、米の出荷はここ千葉県から始まります。ここで安値が形成されてしまうと、他の地域に波及する。大きな責任のある立場にあると自覚しています」(伊藤さん)
「本土決戦」とは穏やかな表現ではないが、米の買い取り価格は米農家の収入に直結している。買い取り価格が下がれば、農家の生活は苦しくなる。それだけに、切実な思いがある。
来月から刈り取りが始まる早場米の水田。新米の買い付け価格はつり上がっている=米倉昭仁撮影ほとんどの農家は採算割れ
23年までの10年間、全国的な米の買い取り(相対取引)価格はおおむね60キロ1万2000~1万6000円の間で推移してきた。生産コストは同1万5000~1万6000円なので、ほとんどの米農家は採算割れの状態に陥っていた。
1970年に約466万戸あった米農家は、2020年には約70万戸と、約6分の1にまで減少した。伊藤さんは、こう語る。
「私が55年前に就農したころは、1ヘクタールほどの水田で家族を養い普通に生活することができました。ところが、米価がどんどん下がり、米農家は軒並み赤字になった。こんな状態でどうして後継者が育つでしょうか」
「全農」にモノ申す理由
農家が出荷する米の価格について、大きな影響力を持ってきたのが全国農業協同組合連合会(JA全農)だ。
「だからこそ、私は『やい、全農』と県本部に悪態をついてきました。『米を安値で買い叩いてきたあなた方が元凶だ』と」(同)
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伊藤さんが「全農」をこう評する理由は、一部のSNSで言われているような「闇の中間業者」だからではない。農家からの米の買い取り価格の設定に大きな影響力を持ってきたからだ。
農家が収穫した米は、集荷業者に出荷され、卸売業者が精米して小売店の店頭に並ぶ。農家から米を集荷する業者の一つが、全国各地にある農業協同組合(JA)だ。
JAは集荷した米の等級検査をする際、一般的に「概算金」と呼ばれる仮払金を農家に支払う。全国の概算金はおおむね60キロ1万1000~1万3000円の間で推移してきたが、この概算金の額を決めるのがJA全農の県本部・経済連なのだ。JAが卸売業者に米を販売する金額を「相対取引価格」と呼ぶが、この相対取引価格から概算金と経費を差し引いた金額を、JAは農家に追い払いする。
JA以外の集荷業者は、農家に概算金が提示されるのを待って、そこに「ほんの少し色をつけ、60キロあたり500円玉1個、千円札1枚を加算して買っていく」(同)。
つまり、「概算金」が基準として大きな影響力を持っているということだ。
「国」も米を安値に誘導してきた
伊藤さんはもう一つ、「国」も米価に影響を与えてきたと指摘する。この「概算金」の土台となってきたのが、政府備蓄米の買い入れ価格だという。価格は入札で決まるが、その基準は市場価格を参考に決められる。毎年、備蓄米として政府が買い入れる20万トンは、全国トップクラスの卸売業者の年間取扱量に匹敵する。
「これほど大量に米が取引されることはまずないし、事実上、国が決めた価格だから、価格支配力は大きい。それが概算金の指標になっていると感じてきた。国は備蓄米の買い入れ価格によって、米価を安値誘導してきたともいえると考えています」(同)
「令和の米騒動」から状況が変化、買い負けるJA
けれども、いわゆる「令和の米騒動」が起こってから、状況が変わった。「これまではJAが提示する『概算金』が米を売り渡す際の基準でしたが、昨年からそれが変わったんです」と、福島県天栄村の米農家・吉成邦市さんは語る。
昨年から米の買い付け競争が激しさを増し、予定していた集荷量を達成できないJAが全国で続出しているという。
昨年9月、吉成さんは60キロ1万8000円(概算金)でJAに米を出荷した。
「その前に、他の集荷業者は2万円台の値段をつけてきた。それで、JA以外の集荷業者に流れた農家は多い。つまり、JAは他の集荷業者を甘く見て、失敗したんです」(吉成さん)
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それでも、吉成さんの地元のJAの集荷率は「6割ぐらい」(同)。全国平均が「4割」といわれるなか、悪くない集荷率だが、今、JAは巻き返しを図ろうと、必死だという。
「今年の春の段階で、概算金2万6000円を打ち出してきた。すごい金額です」(同)
となれば、他の集荷業者は、それ以上の買い取り金額を提示してくる。価格はどんどん吊り上がる。
東京大学大学院・鈴木宣弘特任教授によると、これまでJAの集荷率は約4割を維持してきたが、「昨年は3割弱に低下した」。JAグループは大手の卸売業者や外食チェーンなどと大口契約をしているため、集荷量の未達成は、信用にかかわる深刻な問題だ。
「今、JAに米が集まらない。巻き返しを図ろうと必死」と語る、福島県天栄村の米農家・吉成邦市さん=米倉昭仁撮影JA全農にいがたも2万3000円を提示
「買い負けて困るというなら、JAが最初から他の集荷業者が手を出せない金額を提示すればいいんですよ」と、前出の伊藤さんは言う。
通常、概算金は収穫期ギリギリのタイミングで農家に提示される。ところが、最近はすっかり様相が変わった。
作付面積、収穫量ともに全国一の新潟県の「JA全農にいがた」は今年2月、県内のJAに最低保証額として、概算金60キロ2万3000円(1等米コシヒカリ)を提示した。前年当初より6000円高いうえ、さらに上がるのはほぼ確実だ。新潟県以外のJA全農も軒並み概算金を上げている。
昨年、米の買い取り価格は「あれよあれよという間に上がった」(伊藤さん)。
栄営農組合の米の出荷額は平均60キロ2万2000円ほどだった。
適正価格は「5キロ3500円」
今年の米の価格はどうなるのか。意外なことに、伊藤さんは、「生産者の私でさえ、5キロ4000円台の売価は高いと思う」と言う。米の適正価格はいくらなのか。
「私は、生産者がキロ250円ほどの利益を得られる価格で売れれば、上等だと思う」(同)
集荷業者への売り渡し価格は60キロ3万円、5キロ2500円という計算になる。
「店頭に並ぶまでに流通コストなどが1000円乗れば、5キロ3500円前後。それくらいの価格で生産者と消費者が折り合えればいいと思う」(同)
伊藤さんは地元のJAとも「ウィンウィンの関係でありたい」と話す。
同組合の隣に立つのはJAの低温倉庫だ。昨年、同組合は収穫した米の13%をJAに出荷したが、それ以外の米もここで保管してもらう。精米もJAに委託している。
「長年、一緒に米作りをしてきたJAは、『農家の砦』。彼らに悪態もつくけれど、『頑張れよ』と」(同)
それが、伊藤さんの本心だ。
(AERA編集部・米倉昭仁)
【特集:米不足の真相】(全11回)
●はじめに:超解説 【問題の真相】「令和のコメ騒動」はなぜ起こったか 酷暑から数字のカラクリまで【徹底解説】 https://dot.asahi.com/articles/-/260297
第1回 【真相ルポ】「米が足りない」現場の訴えを農水省は握りつぶした 発端は2年前の「猛暑」 1等米がわずか4.9%に https://dot.asahi.com/articles/-/260225
第2回 コメ騒動に「米が高いのは米不足だから」と現場の声 農水省が強弁「流通・JA悪玉論」のナンセンス https://dot.asahi.com/articles/-/260224
第3回 農家「猛暑で『白米』はさらに減る」 生産量が政府発表より「70万トン」少ないカラクリ 小泉進次郎は改革者かハリボテか https://dot.asahi.com/articles/-/260226
第4回 新米はやはり「値上がり」必至 生産者ですら「5キロ4000円台は高い…」とため息 買い付け競争激化に危機感を抱くワケ https://dot.asahi.com/articles/-/260228
第5回 「米を増産せよ」の大号令に「今さら無理」と農家の怒り 9割が「経営が苦しい」崖っぷちの事情 https://dot.asahi.com/articles/-/260227
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