ラピダス新工場など、原発なしでは電力ギリギリの北海道

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政府の第7次エネルギー基本計画によると、2040年度の日本の電力消費量は最大1兆1000億キロワット時。これは23年度速報値の8792億キロワット時から2割以上増える。これまで人口減少や省エネルギー技術の進展で減少傾向だったが、人工知能(AI)需要の拡大に伴うデータセンターや半導体工場の新増設などで増加に転じる。原子力発電所の再稼働なしではギリギリの状況が想定されるのが北海道だ。

JR千歳駅(北海道千歳市)からタクシーで約10分。工業団地「千歳美々ワールド」の標識に従って左に曲がってしばらくすると、巨大なクレーンを生やした建物が見えてくる。ラピダスの半導体工場だ。25年2月下旬、入り口には「工場関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板があり、建設用車両が頻繁に出入りしていた。

ラピダスは、ここで髪の毛の太さの5万分の1に当たる2ナノ(ナノは10億分の1)メートルという微細な回路線幅の最先端半導体を生産する。スーパーコンピューターやAI向けの需要を見込んでおり、量産は27年中を予定している。

半導体生産ではクリーンルームや生産設備、空調設備に膨大な電力が必要になる。ラピダスの担当者は電力の調達状況について「必要な量が北海道電力から供給されると認識している」とコメント。千歳市の次世代半導体拠点推進室の塚田啓介総務課長は「もともと工業団地で想定していた電力では足りないとのことで、追加の変電所や送電線が必要になっている」と明かす。

北海道ではラピダスの工場以外にも、ソフトバンクがデータセンターを計画するなどしている。大規模な陸上風力や太陽光など、豊かな自然環境を利用した再生可能エネルギー開発は進んでいるものの、電力需給は楽観視できる状況ではない。

エネルギー経済社会研究所(東京・千代田)は、過去の実績を踏まえ、半導体工場とデータセンターの需要を合算した場合、北海道の30年代半ばの電力需要は693万キロワットと試算。一方、液化天然ガス(LNG)火力の石狩湾新港発電所2号機が30年度に稼働するなどし、供給力は694万キロワットと見る。同研究所の松尾豪代表は「ちょっと需要が伸びた瞬間に停電になるので、計画されているデータセンターなどの需要が順調に伸びた場合には厳しい」と話す。

そこで期待されるのが原子力規制委員会の審査がほぼ終わった泊原発3号機(北海道泊村)だ。原子力規制委の判断次第だが、早ければ27年夏に再稼働できるとの観測も出ている。そうなれば供給力は大幅に向上する。

電気料金の問題もある。資源エネルギー庁によると、産業用で使う特別高圧の23年度料金は北海道が1キロワット時当たり23.6円。地域別で3番目に高い。最安は九州の16.3円で原発の再稼働が影響しているとされる。現状では直接製品が競合するわけではないものの、仮に全く同じ方法で全く同じ半導体を作ることになった場合、ラピダスは熊本県に工場を構える台湾積体電路製造(TSMC)系より電気代がかかって不利になる。

北海道商工会議所連合会の大槻博特別顧問(北海道ガス会長)は「特に中小企業にとって電気代の問題は大きい。泊原発の再稼働で下がることを期待する声は多い」と明かす。

半導体関連では、メモリーを生産するキオクシアホールディングス(HD)の北上工場(岩手県北上市)に電力を供給する東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)が24年10月、再稼働した。キオクシアHDは、40年度までに事業活動で使う全ての電力を再生エネに切り替える目標を掲げている。渡辺友治副社長は「原子力もカーボンフリーの電源として非常に期待している」と述べた。

政府は国家戦略「GX2040ビジョン」で再生エネに加え、原発も脱炭素電源として有望視。豊富な地域を「脱炭素エネルギー立地」として産業集積を進める。

「21世紀の石油」とも言われるデータを保存するデータセンター。生成AIの登場で需要が高まり、電力消費量が多いことから発電所を一体で整備する「ワット・ビット連携」も脚光を浴びる。そうした中、日本でも原発の近くに拠点を構えようとする動きも出ている。

「再生エネ投資は加速しているが、短期的にエネルギーが足りていない。安定供給される原発も戦略的に活用すべきだ」。データセンター運営のQuantum Mesh(クォンタムメッシュ、東京・中央)の篠原裕幸社長は危機感を口にする。

クォンタムメッシュは24年12月、関西電力の高浜原発が立地する福井県高浜町にデータセンターを開設した。狙いは原発が稼働できるほどの地盤の安定性、そして近隣で生み出される原発や再生エネの電気について送電ロスが少ない形で利用するためだ。

生成AI向けのデータセンターは利用者に対してリアルタイムで反応を返す「推論用」と、データを蓄積する「学習用」に大きく分かれる。通信速度が重視される推論用は都市部に置かれるが、学習用は電力や送配電網が不足する中、地方に置かれるケースも出てきている。クォンタムメッシュはこの学習用のニーズを見込むほか、地方における工場の自動化や自動運転向けの需要をにらんでいる。

関電グループのオプテージ(大阪市)は、関電美浜原発が稼働する福井県美浜町にコンテナに格納するタイプのデータセンターを開設することを決めた。原子力由来の電気を使う計画だ。

またなかなか進まなかった原発の再稼働もここに来て勢いを増す。転換点となり得るのが24年10月の女川原発2号機の再稼働だ。

日本の原発は主に沸騰水型軽水炉(BWR)と加圧水型軽水炉(PWR)という2種類の型式があるが、事故を起こした東京電力福島第1原発はBWR。これまで再稼働を果たしたものはPWRばかりだった。女川原発は初のBWRの再稼働になり、あるメーカー幹部は「ようやくだ。BWRもここからだ」と意気込む。

「なぜ原発が必要なのか。産業界ももっと国民に理解してもらえるように努力すべきだ」。今回の取材では経営者や企業幹部からこんな声を聞いた。日本のエネルギー事情を踏まえ、どこまで原発に頼るべきなのか。安全性や高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の問題も含め、需要家も考える必要がある。

(日経ビジネス 高城裕太)

[日経ビジネス電子版 2025年3月17日の記事を再構成]

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