2025年の視点:正念場の日銀と石破政権、ドル160円台後半のリスクシナリオも=熊野英生氏
[東京 1日] - 2025年を見通すためには、米国がトランプ次期大統領の下でどう変わっていくかを考える必要がある。まずは、就任直後のトランプ関税のマイナス効果が懸念される。以前はトランプ・トレードに期待する声は大きかったが、11月5日の当選から株価上昇の動きはごく短期間で終わった。むしろ、インフレ促進型の政策によって、米連邦準備理事会(FRB)の25年中の利下げ回数が少なくなる方が警戒された。米株価は、利下げ予想を織り込んで上がっていた部分が剥落してしまった。米長期金利も上昇して、ドル高円安が進む展開になっている。
トランプ氏の政策は、①トランプ関税②脱炭素化反対③減税推進④イスラエル支持⑤移民排斥などで、いずれもインフレ・資源高を引き起こす可能性がある。つまり、米長期金利上昇、ドル高円安はさらに進む可能性が高いと筆者はみている。この円安は、日本政府の為替介入や日銀の追加利上げによって歯止めをかけられることもあり得る。しかし、トランプ政権に対して日本の介入が何回も認めてもらえるだろうか。日銀の24年12月の政策金利据え置きがそうだったように、植田和男総裁は意外に追加利上げに慎重になるかもしれない。25年前半は、為替レートが動いて、1ドル165円まで行く展開もありそうだ。
また、FRBの利下げが25年前半で打ち止めになって、さらにその先はインフレ警戒のために利上げに転じるとの見方が強まれば、米長期金利はさらに上がって、1ドル160円台後半に突入するというリスクシナリオを描くこともできる。日本にとって、さらなるインフレ圧力が警戒されるのが、トランプ次期政権が与える影響となるだろう。
<どうなる石破政権>
24年秋の衆院選で少数与党になった石破政権には、厳しい国会運営が待ち構えている。3月末までに25年度予算を通さなくてはいけない。内閣支持率が低下し続ければ、7月の参議院選を石破首相の下では戦うことができないという声が強まるだろう。最悪の事態を回避する条件は、①トランプ次期大統領との信頼関係を築くこと②春闘で高い賃上げ率を得ること③野党の一角を切り崩して連立政権をつくること――だろう。
経済分野では、何より春闘がキーになる。3月半ばの集中回答日に大手企業を中心に高い賃上げ率を得られれば、25年度の個人消費を増やすきっかけにもなる。そこが政権維持に向けた大きなキーになると筆者はにらんでいる。春闘の賃上げ率は、24年は連合集計で5.10%(定期昇給を含む、それを除くと3.56%)と高い伸びだった。それが政府統計の現金給与総額では、4─10月平均で2.8%になった。実質賃金はまだマイナスだ。筆者は、25年の賃上げ率は4%台程度だとみている。中小企業への波及が広がれば、実質賃金が0%近くまで戻せると期待している。24年の個人消費は強くなかったので、賃上げをてこに25年は安定した伸びになってほしい。このくらいでは、賃上げによって石破政権が求心力を取り戻すというインパクトは乏しいと思う。ポジティブなサプライズがほしいところだ。
<道半ばの金利正常化>
日銀にとって25年は、正念場となる。国内政治の安定が失われて、野党からは歳出や給付金拡大などの実質減税につながる要求が出てきそうだ。「年収の壁」をなくす議論も、所得控除を103万円から一気に178万円に引き上げれば、実質減税と何ら変わりがない。政府が掲げてきた25年度に国・地方を併せた基礎的財政収支を黒字に転換する目標は、風前のともしびに見えてしまう。植田総裁からすれば、24年にマイナス金利解除を果たし、7月には追加利上げに歩を進めたが、財政政策をこのままにして金利正常化だけを前進させてよいものだろうかと、戸惑いを感じずにはいられないはずだ。
24年12月は利上げをせず、植田総裁は「あとワンノッチほしい」と賃上げなど景気拡大の支援材料が望まれると述べた。次回会合で動くというシグナルも発することなく終わった。待つことのメリットと、今動くことのデメリットを比較するという植田流の判断が働いたとは思えない。むしろ、今は慎重に行動しておく方が、批判を受けずに済むという直感が植田氏には働いたのだろう。
25年の金融政策は、1月・7月・12月のタイミングで追加利上げに動くと筆者はみている。12月の政策金利は1.00%に達する見通しだ。日銀が前々からアナウンスしてきた「(展望レポート)の予測期間の後半に目標の2%に向けて」物価・経済が動いていくのならば、オントラックで政策金利の正常化にトライしていくというシナリオだ。オントラックとは、波乱が起きなければ、一定期間ごとに政策金利を引き上げていくことを宣言する言葉だ。
筆者は25年中に3回利上げを予想するが、現在はトランプ・リスクに加えて国内政治リスクという2つの壁を感じて、植田総裁の心が揺れている気がする。前述のように、総裁がより慎重になれば、円安はさらに進んで、結果的に物価上昇率は2%を超えてより上昇すると読んでいる。
<景気拡大でも緩やか>
日本の景気は、米経済が上向きに転じていくのに引っ張られて緩やかに成長していくだろう。24年は実質国内総生産(GDP)の成長率が一時はマイナスに転じるなど不安定であった。それよりは安定化するとみる。とはいえ、成長ペースは1%前後の弱々しいものだろう。内閣府の潜在成長率は、直近で0.5%しかない。
日本は人口減少・高齢化によって、もはや労働投入を増やせなくなっている(正確にはこの5年間くらいマイナス寄与)。頼みの綱は、投資拡大と技術導入により、いかに1人当たり生産性を高めるかにかかっている。その点、企業の設備投資計画は堅調であり、中小企業もソフトウェア投資を増やしている。コロナ時期の投資抑制もあって、近年は投資ブームの様相である。おそらく、人工知能(AI)のような省人化のテクノロジーが幅広く利用されれば、1人当たり生産性は向上するだろう。
日本は、資本装備率を引き上げながら、労働の質を高める局面に入っている。景気情勢を語るとき、多くの人が需要のことばかりに言及するが、データ分析をすると、供給サイドの状況が少しずつ改善してきている。まだ潜在成長率自体は極めて低い伸びではあるが、好循環メカニズムがより働き始めて、中小企業にも購買力が流れていけば、成長の質を高めていくことは可能であろう。
*このコラムは12月26日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
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