「クビにしたいんですよね?」中日の伝説的ルーキーが26歳で“早すぎる引退”「みじめになりますよ」…星野仙一が言った「ピッチャーの近藤真市で終われ」(Number Web)

 左肩を痛めてから、約2カ月ぶりに登板の機会が訪れた。1988年10月7日、ヤクルト戦の8回2死。優勝を決める試合だった。  監督の星野仙一が告げた。 「ピッチャー、近藤!」  代打の平田薫を三飛で打ち取り、マウンドを降りた。  優勝試合で、星野はその年に貢献した投手を起用した。中継ぎでフル回転だった鹿島忠、上原晃、鈴木孝政に混じって、近藤が投げ、抑えの郭源治へとつないだ。星野からのご褒美。近藤は素直に嬉しかった。  翌日。祝杯でどんちゃん騒ぎをした先輩たちはアルコールが抜けずに投げられない。寮組の川畑泰博が先発し、近藤が後ろを任されると決まっていた。4イニングを投げて1安打無失点。勝ち投手になった。  この日、痛み止めを打って投げた。一時的に痛みはない。だが、これが悪影響を及ぼした。結果的に、近藤のプロ生活最後の勝ち星となった。

 3年目の春季キャンプ後。近藤はアメリカへ飛び、名医フランク・ジョーブ博士に左肩を診てもらった。 「あと2、3年で野球を辞めるなら、痛み止めを打ちながらでもいいが、続けるならすぐにオペをしたほうがいい」  左肩の関節を包む膜が伸び切って破れていた。投げるたびに神経に当たり激痛を伴った。手術をすれば1年以上棒に振る。だが、左肩にメスを入れるしかなかった。  ノーヒットノーランの鮮烈デビューから1年半。天国から地獄へ。近藤の周りに集まってきた人たちが、一人消え、二人消え、だんだん去っていく。良い時は寄ってくる。だが、いざこうなると離れていく。本当に信頼できる人だけが残った。  愛知県内でリハビリのプログラムを和訳してくれる医師。全面協力してくれたトレーナー。いつか来る日を夢見て、病室にはユニホームを置いた。それを眺めてリハビリに励む。  近藤には一つ、大きな目標ができた。  肩の手術後、以前のように活躍した投手はいない。これからメスを入れる選手のため、復活を遂げて手本になることを心に誓った。


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 施設で初めてキャッチボールするときがやってきた。嬉しさのあまり、病室に置いてあったユニホームを着て、ボールを投げた。復活への第一歩。だが、うまく投げられない。思っているようにボールがいかない。右肩に比べ、左肩の可動域は狭くなり、胸より後ろに腕がいかなくなった。動きが制限され、スピードも出ない。良いときを知っているだけに悔しくて耐えられなかった。  ドラフトで新しい投手が入ってくれば、自らチーム内での立ち位置を「線引き」した。この選手よりは俺のほうが上だな、と。しかし、チーム内での序列がどんどん落ちていくのがわかった。  1990年8月26日、1年10カ月ぶりの復帰登板。ナゴヤ球場のマウンドへ向かう。そのとき、一塁守備に就く落合博満が言った。 「おお、やっと戻ってきたか」  その言葉が嬉しく、心に響いた。  一軍で投げるようになると、去った人たちが戻ってきた。 「なんすか?」  近藤はもう相手にしなかった。  ケガからリハビリの期間は、「生意気なクソ小僧」が酸いも甘いもかみ分けて世間を知り、一歩一歩、大人への階段を上っていく期間でもあった。

 1991年のオフには左ひじを手術。来る日も来る日も二軍のグラウンドでランニングに明け暮れた。その後、現役を続けたものの、93年の一度だけしか一軍のマウンドに立つことができなかった。  94年10月、秋季教育リーグの黒潮リーグに同行した。球団の本部長がわざわざやって来るという。俺だな……。嫌な予感がした。案の定、本部長が到着すると、すぐに呼び出された。 「おまえ、今後どうする?」  現役を続けられるのか、それともクビなのか。はっきりしない物言いだった。 「球団としてはどうなんですか?」 「記録もつくっているし、優勝にも貢献してくれた功労者だから、本人の気持ちを聞きに来たんだよ」  近藤は即答した。 「わかりました。それならば、選手をやらせてください」 「うーん……」  球団本部長が口ごもった。  その表情を見て、近藤ははっきり言った。 「クビにしたいんですよね? 僕の口から言ってほしいんですよね。わかりました。秋季キャンプに連れて行ってください。そこでシート打撃に登板して、自分で判断しますから」 「ああ、わかった」  球団本部長はそう言って、名古屋へ帰った。

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