Hermes GermanyがD-Waveの量子コンピューティング技術で配送ルート最適化を実現へ
従来型コンピュータの限界に直面する物流業界で、新たなブレークスルーが模索されている。ドイツの大手物流サービスプロバイダーHermes Germanyは、D-WaveとQuantumBaselと提携し、量子コンピューティング技術を活用した配送ルート最適化の実証実験を開始した。17,000のパーセルショップと50のデポを抱える同社の取り組みは、物流業界全体の未来を占う試金石となりそうだ。
Hermes Germanyが直面している課題は、配送ルートの最適化における計算量の爆発的増加だ。従来型コンピュータでは、顧客数やドライバー数が増加すると、必要な計算リソースが指数関数的に増大する。さらに、車両の稼働率最適化や顧客の受け取り可能時間帯など、制約条件が追加されるたびに、従来型システムは性能限界に突き当たる。
この最適化問題の核心は、いわゆる「巡回セールスマン問題」に似たものだ。QuantumBaselのquantum computing and AI delivery managerであるMatteo Krummenacher氏によれば、この問題は二種類の制約条件によって複雑化する。第一の「ハード的制約」は、絶対に違反できない条件だ。例えば、全ての配送ルートは必ずデポを起点として終点とすること、車両は燃料や電力の制限内で走行しなければならないことなどが該当する。これに対して「ソフト的制約」は、より柔軟な対応が可能な条件を指す。交通状況による到着時間の変動や、配達先での荷物の受け渡しに要する時間の変化などが含まれる。
特に注目すべきは、これらの制約条件が相互に影響し合う点だ。例えば、ある地域での交通渋滞が予想される場合、その影響は単一のルートだけでなく、関連する複数の配送ルートの最適化にも波及する。従来のアルゴリズムでは、これらの相互依存関係を考慮しながら最適解を求めることが極めて困難であった。
D-Waveの量子アニーリングは、この複雑な最適化問題に対して、まったく新しいアプローチを提供する。従来のコンピュータが一つ一つの可能性を順次計算していくのに対し、量子アニーリングは問題全体を量子システムとしてエンコードし、システム全体のエネルギー状態を最小化することで、最適解を導き出す。これにより、制約条件が増えても、計算時間の爆発的増加を抑制できる可能性がある。
Hermesのユースケースでは、日々17,000のパーセルショップと50のデポを結ぶ配送ネットワークの最適化が求められる。この規模での最適化問題は、時間枠制約や車両容量制約なども加わることで、従来型コンピュータの処理能力を超える複雑さとなっている。量子アニーリングによる新しいアプローチは、この複雑な問題に対するブレークスルーとなる可能性を秘めている。
D-Waveは量子効果を実用的なコンピューティングリソースとして活用するため、二つの異なるアプローチを並行して開発している。その主力となるのが量子アニーリング技術だ。同社のvice president of quantum technology evangelismであるMurray Thom氏によれば、この技術は例えば食料品配送ドライバーのスケジューリング問題などにおいて、より良い解への迅速な移行を可能にするという。
量子アニーリング技術の採用には、三つの重要な戦略的意図がある。第一に、ゲートモデルと比較して短期的な実用化が可能な点だ。ゲートモデルが高度なエラー訂正技術の確立を待つ必要があるのに対し、量子アニーリングはより早期の実用化が見込める。第二に、プログラミングの容易さがある。量子力学の深い理解を必要とせず、実務者でも扱いやすい特徴を持つ。第三に、システムの大規模化が比較的容易であり、より強力な演算能力の実現が可能だとThom氏は説明する。
技術的な観点では、D-Waveのシステムは超伝導量子ビットを採用しており、これらはシリコンチップ上に製造される。チップは極低温冷凍機に収められ、およそ3×3×3メートルのシステムサイズに収まっている。注目すべきは、チップ自体の消費電力が100万分の1ワット未満という極めて低い値に抑えられており、システム全体でもわずか15kWの消費電力で動作する点だ。
現行の商用システムは5,000量子ビットを搭載し、各量子ビットは15の近接ビットと量子的な結合影響を持つ。最新の第6世代プロセッサAdvantage2プロトタイプではさらに性能が向上し、4,400以上の量子ビットと20方向の相互接続性を実現している。Thom氏によれば、従来型システムとの協調動作において、量子ビット間の結合性とコヒーレンスの向上が重要な役割を果たすという。
この技術の特筆すべき点は、実際の業務システムとの統合の容易さにある。QuantumBaselのKrummenacher氏が指摘するように、従来型システムで必要とされていた前処理や後処理の多くが不要になると期待されている。これは単なる技術的な利点を超えて、実務での運用効率の大幅な向上につながる可能性を示唆している。
D-Waveの技術革新は、量子コンピューティングの実用化に向けた重要なマイルストーンとなっている。特に物流業界における最適化問題に対して、従来型システムとの効果的な協調動作を通じて、実践的なソリューションを提供できる段階に近づいているといえるだろう。ただし、これはあくまでも特定用途における優位性の実証段階であり、一般的な「量子優位性」の達成とは異なる文脈で理解する必要がある。
Source
- EE Times Europe: Optimizing Parcel Delivery with Quantum Computing