AIは物理学分野でも強力なツールになっており「新たな実験装置の考案」「データ内のパターン発見」などに役立つと証明されつつある
近年はAIを科学研究に応用しようとする試みが進行しており、Googleが科学者向けAIアシスタント「AI co-scientist」を発表したり、科学研究を自動化するエージェントシステム「Robin」によって新しい科学的知見を得ることに成功したりしています。物理学の分野でもAIが強力なツールになりつつあるとして、どのようにAIが活用されているのかを科学系ニュースサイトのQuanta Magazineがまとめています。
AI Comes Up with Bizarre Physics Experiments. But They Work. | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/ai-comes-up-with-bizarre-physics-experiments-but-they-work-20250721/Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory(LIGO)はアルベルト・アインシュタインが提唱した重力波を検出するための巨大な実験施設です。アメリカのワシントン州ハンフォード・サイトとルイジアナ州リビングストンに設置された2カ所の重力波検出器では、レーザービームを全長4kmの巨大なL字型の超高真空システム内を往復させ、重力波がもたらすわずかな兆候を検出しています。
物理学者らはLIGOの設計に数十年間を費やし、建設開始から20年以上が経過した2015年にようやく、LIGOは2つのブラックホールが合体したことで発された重力波の検出に成功しました。しかし、2000年代半ばにLIGOの設計改良に携わったカリフォルニア工科大学のラナ・アディカリ教授は、LIGOを改良してさらに広い周波数帯の重力波を検出できるようにならないかと考え出したとのこと。
ラディカリ氏らの研究チームはLIGOの改良方法を検討するに当たり、物理学実験の設計のために開発されたAIプラットフォームに着目しました。研究チームはAIに対し、任意の複雑な重力波検出器を構築するために組み合わせられるありとあらゆる部品とデバイスを与え、制約を与えずに検出器を作成させました。 すると、AIはレンズや鏡、レーザーなど数千もの構成要素からなる、全長数百kmにも及ぶ重力波検出器を設計しました。ラディカリ氏は、「AIが出力したものは人間にはまったく理解できませんでした。あまりにも複雑で、まるでエイリアンかAIのように見えました。対称性も美しさもまったく感じられず、人間が作るものとは到底思えませんでした。私たちはただ混乱していました」と述べています。しかし、数カ月かけてAIが出力した重力波検出器の設計を理解したところ、この設計は確かに効果的であることが判明。AIは量子力学ノイズを軽減するために、ロシアの物理学者が数十年前に特定した難解な理論を用いていたとのこと。これまで、このアイデアを実験的に追求した研究者は誰もいなかったそうで、ラディカリ氏は「既存の解決策からここまで踏み込んだ思考をするには、かなりの努力が必要です。ここまで到達するには本当にAIが必要でした」と語りました。
仮にAIがもたらした知見がLIGOの建設当時に利用可能だったなら、LIGOの感度は最初から10~15%向上していただろうとラディカリ氏は推測しています。陽子よりも小さい距離の精度が求められる世界において、10~15%という数字は途方もなく大きなものです。
トロント大学の量子光学研究者であるエフライム・スタインバーグ氏は、「LIGOは数千人もの人々が40年にわたり深く考え続けてきた大規模なプロジェクトです。彼らは考え得る限りのことを思いつきました。そして、AIが生み出す新しい成果は、数千人もの人々が成し遂げられなかったことだったと実証されました」と述べました。
また、ドイツのテュービンゲン大学の量子力学研究者であるマリオ・クレン氏は2021年に「PyTheus」と名付けたAIソフトウェアを用いて、量子もつれを伝送する「entanglement swapping(量子もつれスワッピング)」を生み出すまったく新しい実験方法を考案しました。新たな実験方法は多光子干渉と呼ばれる別の研究分野に着想を得たもので、クレン氏らの研究チームは数学的解析によってこの実験が成功することを確認したほか、2024年には中国の研究チームが実験装置を作って意図した通りに機能することを実証しています。
物理学におけるAIの活用は実験設計だけではなく、実験結果の解析にもAIが有用だという見方が強まっています。たとえば、アメリカのウィスコンシン大学マディソン校の物理学者であるカイル・クランマー教授は機械学習モデルを用いて、宇宙にあるダークマター(暗黒物質)の塊の密度を近隣にある別のダークマターの塊の特性に基づいて予測する研究を行っています。このような計算は、銀河や銀河団の成長を理解する上で重要です。
クランマー氏らが開発したAIシステムは、人間が作り出したものよりもデータに適合する「ダークマターの塊の密度を記述する式」を導き出すことができたと報告されています。クランマー氏は、「AIの式はデータを非常によく表しています。しかし、どのようにしてその式に至ったのかという説明が欠けています」とコメントしました。
また、カリフォルニア大学サンディエゴ校のコンピューター科学者であるローズ・ユー准教授らは、大型ハドロン衝突型加速器が収集したデータの解析にAIを適用することで、観測者が異なっても物理法則が変化しないとするローレンツ対称性を再発見することに成功しました。ユー氏は、「物理学をまったく知らなくても、AIモデルがデータのみからローレンツ対称性を発見できることを示しました」と述べています。
クランマー氏とユー氏は、確かにAIはこうしたパターン発見に優れているものの、そのパターンを理解して仮説や物理学的根拠を見いだすことは、記事作成時点ではまだ困難だと指摘しています。しかし、ChatGPTのような大規模言語モデルの登場により、仮説の構築まで自動化される可能性もあるとのこと。 スタインバーグ氏は、AIはまだ新しい物理学的概念を発見していないものの、AIの支援を受けた新しい物理学的発見が現実のものとなる可能性があると認めています。スタインバーグ氏は、「私たちはまさにその境界を超えつつあるのかもしれません。それはとてもエキサイティングです」と語りました。・関連記事 科学者が10年かけてたどり着いた研究結果にGoogleの科学者向けAIアシスタントがわずか2日で到達 - GIGAZINE
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