2025年の視点:市場を揺さぶるビッグ3は誰か=尾河眞樹氏

 2025年の金融市場はどのような展開になるのだろうか。そのカギを握る注目人物は誰か。尾河眞樹氏のコラム。米アリゾナ州フェニックスで2024年12月撮影(2025年 ロイター/Cheney Orr)

[東京 2日] - 2025年の金融市場はどのような展開になるのだろうか。そのカギを握る注目人物は誰か。あくまで筆者の個人的な見解に基づき、市場の動きに大きな影響を与えると思われる「ビッグ3」ランキングを示しつつ、相場を展望してみたい。

<イーロン・マスク氏>

注目したい人物の第3位は、テスラのCEO、イーロン・マスク氏である。同氏は起業家であると同時に、25年1月に大統領に就任するドナルド・トランプ氏の下、新政権で新たに創設される「政府効率化省(DOGE)」を、ビベック・ラマスワミ氏と共に率いることになった。

DOGEでは規制緩和、行政の規模縮小、コスト削減という3つの改革を進めるという。マスク氏は「選挙で選ばれていない官僚が決める規制で政府支出が左右されている現状は反民主的で、建国の父たちのビジョンに反する」という持論を展開。年間約5000億ドル(約78兆円)もの歳出削減を表明しており、第2次トランプ政権(トランプ2.0)において「台風の目」になることは間違いなさそうだ。

また、マスク氏は世界の億万長者500人の純資産をランク付けする「ブルームバーグ・ビリオネア指数」において、資産総額が4510億ドルと、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏(2440億ドル)、メタCEOのマーク・ザッカーバーグ氏(2120億ドル)を抑えてトップとなり、24年、世界初の保有資産4000億ドル突破を果たした。

同氏はその資金力から、大統領選でもトランプ氏に巨額の献金を行ったうえ、24年10月19日には、「激戦州の登録有権者に毎日100万ドル配る」と表明。実際、20日には当選者に100万ドルの小切手を手渡すなどし、司法省がこれに対し違法の疑いを警告するなど、物議を醸した経緯もある。

筆者は11月下旬にワシントンD.C.に出張し、日米の金融機関などが参加するシンポジウムに出席してきたが、米国側の参加者からは、こうした破天荒なマスク氏の言動に眉をしかめる向きもみられた。また、DOGEは実際のところ、あくまで民間の諮問機関的な位置づけであり、権限はないとの見方もあった。反対に、マスク氏の「規制緩和」に対する期待の声もあったうえ、歳出削減も大統領令などで推進できるとの見解もみられた。

実際、マスク氏は政府職員に週5日の出社を義務付け、自主退職を促すなどとしており、同じく「ビジネス思考」のトランプ氏とタッグを組めば、こうした様々な手段を用いながら規制緩和や歳出削減の大ナタを振るう可能性はある。足元、予想以上に堅調な米経済に対し、規制緩和やトランプ減税が加われば、米国経済の「独り勝ち」状態は続く公算が大きい。今月、ソフトバンクグループの孫正義氏が米国への1000億ドルの投資を表明したが、このような形で世界中から米国に投資マネーが集まる動きとなれば、米株価にとってはポジティブに働くうえ、ドルは当面堅調に推移すると思われる。

<ジェローム・パウエル氏>

注目したい人物第2位は、ジェローム・パウエル第16代米連邦準備理事会(FRB)議長である。24年12月に行われた米連邦公開市場委員会(FOMC)では、市場の予想通り0.25%の利下げが決定された。ただ、注目されていたドットチャートは、予想が全体的に引き上げられたうえ、特に25年は、9月時点の予想の中央値(3.375%・4回利下げ)から、3.875%(2回利下げ)へと大きく引き上げられたことが注目された。

パウエル議長は会見で、「今日の利下げはきわどい判断だった」「さらなる利下げを決定するためには、インフレの抑制や雇用の減速がさらに進んでいることを期待したい」「雇用とインフレが堅調である限り、我々は利下げに『慎重』になることができる」などと発言。近々利下げを見送る可能性もあり得ることを示唆するなど、総じてタカ派的な印象だった。ワシントンD.C.でも米国経済の強さが話題となったが、筆者が最も腑に落ちた要因としては、コロナ禍におけるFRBの大規模緩和が今も影響しているとの見解だ。

大幅利下げによって、当時の住宅ローン金利(30年・固定)は3%前後まで低下。この間、実際に住宅ローン申請件数は通常の3倍近くまで増加した。その後、22年以降の利上げによって、住宅ローン金利は7%台まで上昇したが、既に長期の借入れを済ませている家計にとっては、ローンの返済金利は低いままだ。

一方、この間米株などに投資していれば、コロナ禍の安値から米株価は165%上昇、24年だけでも2割超上昇しているわけで、こうした資産効果によって資金面には殆ど困らないという。24年はドットチャートの上方修正が目立ったが、トランプ新政権の政策がどう展開するか不透明な面もあり、25年もパウエル議長は難しいかじ取りを迫られそうだ。12月時点のドット中央値は25年以降が依然市場予想を下回っており、仮に一段と予想が引き上げられる場合にはドル高が進む可能性もある。

<ドナルド・トランプ氏>

注目したい人物第1位は第45代・第47代(次期)米国大統領のドナルド・トランプ氏である。大統領選で示してきた公約を、どのようなプライオリティーで、どのような規模で実施するか次第で、米国経済への影響、また、金融市場全体に対する影響は変わってくるだろう。

先述した米国出張では、トランプ新政権の政策に対する見方が完全に割れていたのが興味深かった。特に異なっていたのは、米国のインフレへの影響だ。トランプ氏の公約、特に柱である関税引き上げ、移民排斥、トランプ減税の恒久化などは、インフレを加速させるとの見方が一般的だ。

しかし、関税引き上げについては、確かに輸入物価は上昇するものの、毎年関税を上げ続けるわけではなく、前年比のインフレ率への影響は一時的にとどまるとの見方があった。また、移民排斥は、労働力不足になるので賃金インフレにつながるとの見方に対して、移民が減る分需要減となり、むしろインフレは低下するとの見解もみられた。トランプ減税の恒久化については、新たな減税は26年度以降に段階的に導入されるため、少なくとも25年の景気を過熱させることはないとの意見もあり、加えてトランプ氏は化石燃料推進派であるため、エネルギー価格は低下、物価は下落するとの見方もあった。

筆者は、トリプルレッドが確定した際、米国のインフレリスク、金利上昇の可能性を踏まえて、一時は25年末のドル円の見通しについて、160円を大きく上回る方向に引き上げる必要があるのではないかと考えていた。しかし、上述の意見も参考にしつつ、トランプ減税恒久化のタイミングは26年度以降であることや、大規模な関税引き上げは交渉のためのブラフである可能性が高く、少なくとも段階的な導入にとどまる公算が大きいことなどを踏まえると、25年に過度なインフレと米金利やドルの大幅上昇を織り込む必要は低いように思う。

ただし、足元の米経済の強さを踏まえれば、インフレは少なくとも高止まりし、ドル円の堅調地合いも続くと予想する。また、17年のトランプ1.0でもそうだったように、同氏が貿易不均衡是正を訴えたり、ドル安志向が表面化した場合には、ドル円が急落する可能性もあることに注意が必要だ。

17年は概ね107円台から117円台の約10円幅で変動したが、24年の約20円の変動幅を踏まえれば、25年もコアのレンジで145円ー160円、プラスマイナス5円程度の値幅は見ておく必要がありそうだ。不透明要素は枚挙にいとまがないが、25年が良い一年となるよう、心から願うばかりである。

*このコラムは12月25日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されます。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

関連記事: