ベテルギウスの伴星を発見か? 名称「シワルハ」提案も、存在の確認には数年かかる可能性
オリオン座の1等星「ベテルギウス(オリオン座α(アルファ)星)」は、約6年周期で明るさが変わる変光星であることが知られています。2024年11月に、この長い変光周期の原因について、未知の伴星がベテルギウスの周囲を公転しているからではないかとする説が提唱されました。
アメリカ航空宇宙局(NASA)エイムズ研究センターのSteve B. Howell氏などの研究チームは、ジェミニ北望遠鏡に設置された観測装置「アロペケ(‘Alopeke)」による観測で、ベテルギウスのすぐ近くに暗い天体を見つけたことを報告しました。いくつかの観点から、この天体は他の無関係な天体ではなく、ベテルギウスの周囲を公転する伴星であるとHowell氏らは考えています。またHowell氏らは、この伴星の名前について、「彼女の腕輪」を意味する「シワルハ(سوارها)」という固有名を提案しています(※1)。
※1…国際音声記号(IPA)は「سوار = /si.waːr/」「ها = /haː/」。
ただし今のところ、今回の観測結果は「ベテルギウスの伴星を発見した」と言い切れるほどの精度には達していません。もし今回見つかった天体が本当に伴星であるならば、次は2027年11月に予測された位置に出現するでしょう。
有名な1等星「ベテルギウス」に未知の伴星はあるか?
【▲ 図1: オリオン座におけるベテルギウスの位置。(Credit: E. Slawik, NOIRLab, NSF, AURA & M. Zamani / 筆者(彩恵りり)により日本語を加筆)】地球から548光年離れた位置にある恒星「ベテルギウス」は、オリオン座にある代表的な冬の1等星です。ベテルギウスは恒星としては寿命の末期の段階にあり、表面が膨張し、周りに塵やガスをばらまく「赤色超巨星」の段階にあると考えられています。ベテルギウスは質量が太陽の18倍もある重い恒星であるため、 “もうすぐ” 「超新星爆発」を起こすと考えられています。
しかし、超新星爆発がどの程度差し迫っているのかは、はっきりと分かっていません。ベテルギウスの場合、416日周期(約1.14年)と2170日周期(約5.94年)の2つの周期で明るさが変化することが分かっているため、この周期から寿命を逆算する試みがあります。しかし、寿命の逆算をするには、ベテルギウス本体に由来する変光周期を定めないといけないため、どちらが本体由来なのかに議論がありました。
もしも本体の変光周期が416日である場合、超新星爆発は少なくとも数十万年以内には発生しないでしょう。一方で2170日周期≒6年周期である場合、今後数十年から数百年以内という秒読み段階に達している可能性があります。しかし多くの天文学者は、ベテルギウス本体の変光周期は416日であると予測しています。それでは、6年周期の変光はどうして起こるのでしょうか?
【▲ 図2: ベテルギウスの周りを伴星が公転することによって、約6年周期の明るさの変化が起きるとする説があります。(Credit: Lucy Reading-Ikkanda(Simons Foundation) / トリミングおよび日本語訳の加筆は筆者(彩恵りり)による))】2024年11月にサイモンズ財団フラットアイアン研究所のJared A. Goldberg氏などの研究チームは、この6年周期の変光は未知の伴星、愛称 “ベテルバディ(Betelbuddy)” によって引き起こされるのではないかとする説を発表しました。詳しい内容は過去の解説記事『「ベテルギウス」には未知の伴星 “ベテルバディ” がいるかもしれない』を参照してください。
先述した通り、ベテルギウスは周りに塵をばらまいており、自らが塵の雲に包まれています。Goldberg氏らは、伴星はこの塵の雲の中を公転していると考えています。まるで除雪車が雪を押しのけるように、伴星は公転によって塵を押しのけるため、塵の雲の一部が薄くなって、光が漏れ出る場所が生まれます。伴星が6年周期で公転することによって、私たちはベテルギウスの6年周期の変光を観察しているという、比較的シンプルな考えとなります。
しかし同時に、伴星の観測は極めて困難であることが予想されていました。伴星はベテルギウスのすぐ近く(※2)を公転しており、極めて明るいベテルギウスの光に紛れてしまうと考えられるためです。車のヘッドライトが輝く中で、ホタルを見つけるのが難しいのと同じようなものです。
※2…ベテルギウスの表面から約7億5000万km(地球から太陽までの距離の約5倍)
ベテルギウスの伴星を初めて撮影した可能性
NASAエイムズ研究センターのSteve B. Howell氏などの研究チームは、観測難易度が高いと見積もられた伴星の観測に挑みました。観測に使われたのは、ハワイのマウナ・ケア山にあるジェミニ北望遠鏡に設置された観測装置「アロペケ(‘Alopeke)」です。
【▲ 図3: 今回の観測に使われたジェミニ北望遠鏡。この写真は2019年に、月食しながら昇る月を背景に撮影されたもの。(Credit: International Gemini Observatory, NOIRLab, NSF, AURA & J. Chu)】 【▲ 図4: ジェミニ北望遠鏡に設置された観測装置「アロペケ」。(Credit: NOIRLab, NSF & AURA)】地上に設置された望遠鏡は、大気によって星の像が揺らいでしまうことを避けることができません。アロペケは、0.01~0.06秒という非常に短い露光時間で撮影された数千枚の画像を重ね合わせることで揺らぎを補正し、望遠鏡の性能を限界まで引き上げます。これにより、ベテルギウスの伴星のような、明るい天体のすぐ近くにある暗くて見えにくい天体の像を浮かび上がらせます。
Howell氏らは、2020年と2024年の2回に分けてベテルギウスの観測を行いました。いずれの観測でも、約6000枚の画像を撮影しています。
このうち、2020年2月17日の観測では、伴星はベテルギウスの後ろ側に隠れてしまうため、撮影できることは初めから期待されていませんでした。しかし撮影できないことは、予想通りの公転をしていることを裏付けるため、伴星の存在を間接的に証明することができます。
そして2024年12月9日の観測は、ベテルギウスと伴星の見た目の位置が最も離れている日からわずか3日後であるため、伴星を直接撮影するのに最も適したタイミングでした。
【▲ 図5: 2024年12月9日に波長466nmの青色の光で撮影された画像を処理したもの。オレンジ色のベテルギウスの左下にある青色が伴星とみられる天体です。この画像自体は擬似的に色を付けたものですが、実際の伴星も青白い色をしていると考えられています。(Credit: International Gemini Observatory, NOIRLab, NSF & AURA / 画像処理: M. Zamani(NSF NOIRLab)】分析の結果、予想通り2020年の画像には何も映らなかった一方、2024年の画像には、ベテルギウスとは別の天体が写り込んでいました。その位置は、伴星が周回していると仮定した場合に、存在すると予想された位置と一致します。この天体は、見た目の明るさがB等級(※3)で7.5~8.5等級であり、ベテルギウスと比べて5~7等級も暗いと計測されました。これはベテルギウスの約250分の1の明るさしかないことに相当します。
※3…波長445nmの青色の光での等級。
多くの恒星と同じく、ベテルギウスの周りには、見た目の位置だけが近いものの、実際には無関係な天体がたくさんあります。Howell氏らはその可能性を考慮しましたが、2020年の画像と比較すると、2024年の画像に無関係な天体が写り込んでいる可能性は低いと結論付けました。
Howell氏らはこれらのことから、観測史上初めてベテルギウスの伴星を撮影できたと考えています。ただし今回の観測データだけでは、「ベテルギウスの伴星を発見した」と言い切れるほどの精度には達していません。
今回の観測では、観測データに含まれるノイズや画像処理の過程で、実際には存在しない天体のような像が偶然浮かび上がった可能性が約13%あります(約1.5σの有意性)。一般的には十分な精度だと思えるかもしれませんが、科学的にはまだまだ低い精度となります。伴星の発見を強く主張するためには、偶然である可能性を約0.00006%以下に抑える必要があります(5σの有意性)。
上記の精度であるために、今回のベテルギウスの伴星の “発見” が、数年後には覆っている可能性も十分にあります。筆者の個人的な意見としては、NOIRLab(NSF国立光赤外線天文学研究所)が発表した以下のプレスリリースの表現は、若干勇み足であると感じます。
“Gemini North Discovers Long-Predicted Stellar Companion of Betelgeuse” Gemini North telescope in Hawai‘i reveals never-before-seen companion to Betelgeuse, solving millennia-old mystery.
『ジェミニ北望遠鏡、長らく予言されていたベテルギウスの伴星を発見』 ハワイのジェミニ北望遠鏡が、これまで見たことが無かったベテルギウスの伴星を発見し、数千年に渡る謎を解決した。
もっとも今回の分析では、2024年のデータから幻の天体像が得られないように、6000枚の画像を半分ずつに分け、別々に分析するというダブルチェックを実施しています。なにより、まだ観測は始まったばかりであるため、伴星が幻であると直ちに言い切れる状況でもありません。2024年の次に伴星が観測しやすいのは2027年11月26日頃ですが、もし本当に伴星があるとすれば、2024年とは反対側の位置に現れることでしょう。研究チームは、次回以降の観測を呼び掛けています。
伴星「シワルハ」は1万年以内に衝突して消えてしまう?
もしもベテルギウスの伴星が実在するとしたら、それはどのような天体なのでしょうか?過去の観測データも含めて分析すると、伴星の姿が見えてきます。
伴星はベテルギウスの近くにあることから、年齢もベテルギウスと同じ約1000万歳であると推定されます。そして伴星の明るさと、ベテルギウスに与える重力的影響を考慮すると、伴星は太陽の約1.6倍の質量と約7100℃(7400K)の表面温度を持つ、かなり若くて青白い色の恒星であることが予想されます。
恒星の寿命は、その質量によって決まります。このため、同じ1000万歳であっても、ベテルギウスはもうすぐ寿命が尽きる赤色超巨星の “年寄り” であるのに対し、伴星は中心部の水素核融合が始まっていない前主系列星の “幼児” であると予想されます。もしこのまま進化を続ければ、やがて水素核融合が開始され、太陽より少しだけ青寄りの色をしたF型主系列星になるでしょう。
しかし、この伴星は決して主系列星になることはないと予想されます。まず、ベテルギウスの超新星爆発は数十万年後より後に発生すると考えられているため、至近距離で爆発を受ける伴星はバラバラになってしまうでしょう。
そして、さらにそれ以前の問題として、伴星はベテルギウスからの潮汐力を受けて少しずつ落下しており、1万年以内にベテルギウスに衝突すると推定されます。おそらくは、ベテルギウスの超新星爆発を見るよりも先に、伴星の衝突を目撃する方が早いでしょう。この時、超新星爆発ほどではないにしても、一時的にかなり明るくなるベテルギウスを観察できることが予想されます。
なお、この伴星はGoldberg氏らによって “ベテルバディ” という愛称が付けられているという話をしましたが、Howell氏らは新たに今回、「彼女の腕輪」を意味する「シワルハ(سوارها)」という固有名を提案しています。これは、Betelgeuse(ベテルギウス)の由来が、アラビア語での同恒星の名前「ヤド・アル=ジャウザー(يد الجوزاء)」に由来し、直訳すれば「アル=ジャウザーの腕」に由来するからです。アル=ジャウザー自体の正確な意味は失われているものの、女性の名前であることは分かっています。シワルハ=彼女の腕輪という名前は “彼女の腕” の周りを回る恒星の名前としてふさわしいでしょう。
ひとことコメント
ついにベテルギウスの伴星が発見された、かもしれないね!ただ、伴星シワルハの運命は悲惨かもしれないよ。(筆者)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部