平均年齢86歳「夕食だけ一緒」の超快適シニアライフ…老人ホームとも違う、食事でつながる《ゆるい共同生活》の醍醐味(東洋経済オンライン)

 午後5時45分、「こんばんは」と声を掛け合いながら、グループリビング「おでんせ中の島(以下、おでんせ)」1階の広い食堂に、湯飲みとマイ箸持参の居住者が次々に集まってきた。  タッパーや食品用ラップを持参の人もいる。夕食で食べきれなかった分を部屋に持ち帰るのだという。  全員がテーブルに着き、壁の時計の針が6時をさしたところで、今月の挨拶当番の柘山美年子さん(87歳)がにこやかに声を発した。  「ご挨拶します。調理の須田さん、お世話になりました。いただきます」

 それに全員が声をそろえて「いただきます」と応え、夕食が始まった。 【記事中にない写真もこちらから】「食べたいのはごちそうじゃない」最高齢94歳の居住者が“幸せ”を感じる《「おでんせ中の島」の夕食》と「ゆるい共同生活」の全容(27枚)  おでんせの共同生活は「グループリビング」という形態である。老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅とも違う。おおむね60歳以上の健康なシニアたちが少人数で営む住まい方として、超高齢社会が進む近年、注目を浴びている。

 独立した居室で各自が自立した生活を送りつつ、共有スペースでの食事やイベント、家事など施設運営の役割分担でつながり、非血縁のシニアたちがゆるやかな共同生活を営んでいく。  介護主体の老人ホームのように手厚いケアのもとに管理された団体生活ではなく、おでんせは外出も旅行も自由。共同生活のルールは毎日の夕食と、居住者の誕生会、月に1回の居住者会議への参加だけである。 ■夕食だけは「全員参加」としているワケ  定員10名で、それぞれの約17畳の広々とした居室は自炊ができるミニキッチン、独立した浴室、トイレ、クローゼットを完備。玄関は共同だが、各室ごとに郵便受けが並び、呼び鈴も直接居室につながるシステムだ。


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 居室と居室の間にはランドリースペースや吹き抜けを設けることで、隣り合う居室は1室もなく、戸建てのような独立性が保たれている。1つ屋根の下で、共同生活の安心感と自由なひとり暮らしの両方を兼ね備えた暮らしができるわけだ。  開設10年目のおでんせは、4年ほど前に創設者の個人経営から一般社団法人に移行、開設時から暮らす小森祥子さん(91歳)が理事長を務める。現在71歳から94歳まで10名の方々が暮らす共同生活で、小森さんは「全員参加の夕食をとても大事にしている」と言う。

 「唯一、全員が顔を合わせる場なので、お夕食は大事な安否確認とコミュニケーションの場になっています。  安否確認なんていうと大げさのようですが、皆、高齢ですし、お部屋にいれば完全にひとり暮らしの世界なので、誰が何をしているのかわかりませんからね。欠食届を提出していない方が食堂に来なければ、『どうしたの?』って、お部屋に声をかけにいきますし、夕食を食べにくることで、元気ですって皆に知らせることができますよね」(小森さん)

 おでんせは若い世代のシェアハウスのように、食後や休日に自然発生的に共有スペースに集まって、おしゃべりを楽しむような時間の過ごし方はあまりない。ベースは居室でのひとり時間だ。  10人という少人数でも濃密になりすぎず、人生の後半を心地よく暮らすには、1日1回、夕食の食卓で顔を合わせるくらいがちょうどいい距離なのだろう。 ■「ふつうの家庭の晩ごはん」が1人分ずつお膳に並ぶ“幸せ”  取材した日のメニューは、かぼちゃのシチュー、エビマヨとレタスのチョレギサラダ、ポテトサラダ、三つ葉のおひたし。ご飯ものは小ぶりのいなりずしと一口サイズに巻いた彩りそうめん。食後の果物は桃だった。

 家族のためにご飯をせっせと作り続けてきた、主婦歴半世紀を超える居住者にはおなじみの、“ふつうの家庭の晩ごはん”が1人分ずつお膳に並んでいる。夕食は事務局のスタッフが1カ月分のメニューを決めて、3人の調理スタッフが曜日別にローテーションを組み、毎日おでんせのキッチンで作る。  取材日の調理担当の須田さんは、大のおでんせファン。ゆえに、「私がおでんせの居住者だったら、食べたいなと思うものを作っています」と言う。皆、野菜が好きなので、野菜料理が中心になるが、敷地内にはオーナーが管理する畑があり、旬の新鮮な野菜は事欠かない。


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 “ヨタヘロ期”(健康寿命と平均寿命の間のおよそ10年)もいよいよ終盤の身と自称する後藤千恵子さん(94歳)は、入居3年目。「食べたいのはごちそうじゃないの」と明るく言う。  それ、ほめ言葉ですよね?  と念のため確認すると、「そうです」とにっこり。「毎日の夕食が楽しみって幸せなことです」と最大のほめ言葉が返ってきた。 ■「食事前の挨拶」や「くじ引きでの席替え」でコミュニケーションが活発化  理事長の小森さんが夕食の席で心を配るのは、コミュニケーションだ。コロナ前は大皿を並べたバイキング形式だった。並んで料理を皿に取るとき、「これ、おいしそう」「ぶどうは初物だね」といった会話が生まれ、その流れでテーブルでも味の感想で話が弾んだ。

 「それがコロナ禍で黙食になって、3年続いたでしょう。会話が少なくなってしまって、コロナ後もそれが当たり前のようになってしまいました。年を取るとともに、質問される、答えるという会話が面倒になってくる場合もあるんですね。高齢者にとっても、コロナ自粛の3年は想定外の痛手が残りましたね」(小森さん)  だからこそ、夕食をコミュニケーションの場として取り戻したいと、小森さんは奮闘する。“同じ釜の飯”は居住者をつなぐ力がある。今まで自身がやっていた食事前の挨拶を皆の当番制にした。

 「ご挨拶がきっかけになって、今まで調理スタッフの名前を覚えられなかった方から、『〇〇さん、ごちそうさまです。ありがとうね』という言葉が出るようになりました」(小森さん)  テーブルの座席は1カ月ごとにくじ引きで席替えをする。「同じ話でも相手が変われば会話も新鮮だし、新しい発見もあったりします」と小森さん。「1カ月よろしく」とか、「あら、また隣同士。気が合うわね」とか、小さな変化が会話のきっかけを作ってくれる。

 とはいえ、何よりも会話が弾むのは人気のメニューのとき。  「皆が大好きで、お部屋の1人の食事ではなかなか作らない手の込んだメニューのときは、自然に会話が生まれますね。野菜の天ぷらもそうですし、茶碗蒸しも大人気です。『見て、大きな銀杏が入ってたわ』『私は小さいの2つ』とかお隣同士の会話に、お向かいの方も入ってくる。う巻きが出た日は全員が、うわ〜! と(笑)」(小森さん) ■71歳と91歳はそんなに大きな差はない


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 おでんせの居住者は家族でも親戚でも旧知の友人でもないし、寮や下宿のような空気でもない。もちろん上下関係もなく、下は71歳、上は94歳、平均年齢86歳の居住者がひとつのテーブルを囲む。  「0歳と20歳だったらすごい差ですけれど、71歳と91歳はそんなに大きな差はないんですよ。年をとってみればわかります(笑)。下の年齢の方の気持ちまで下りていけるし、上の方にも合わせられる。人生を長く生きてきたからできるやさしい空間ですね」(小森さん)

 前出の後藤さんはユーモアたっぷりに言う。  「夕食だけみんなでっていうのがいいんです。老人ホームみたいに3食ついてたら、私は“食事のおばけ”にやられてしまいます。これは恐怖ですよ。作っていただいたものは食べねばならぬという恐怖ね」  皆でいただく1日1回の夕食は全員がほぼ完食。食べきれない人は居室に持ち帰り、翌日の朝食かランチにしてきちんと食べき切る。  ちなみにおでんせは居室から廊下に出たら、そこは外の社会というきまりがある。つまり、部屋着で居室の外に出るのはNG。

 「そういう意味でも皆でいただく夕食の習慣は、生活のメリハリになっていると思います」(小森さん)  さて、安否確認&コミュニケーションの夕食に続き、興味が湧くのは居室のミニキッチンで作るひとりご飯である。  前出の後藤さんの居室にお邪魔した。大きな家具はベッドとソファくらい。食事用のテーブルと椅子が1脚。「おひとり様の食卓でしょ」と笑う。 ■結婚から七十数年を経た今、「自分1人のための食事」を作る  ご主人を看取ってから二十数年、おでんせがある駅そばのマンションに長い間ひとり暮らしをしていた。3年前に自分が死んだときの段取りをすべて済ませ、身の回りのものだけを持って、入居したという。

 長男の嫁として必然的に大家族の食事を作らなければいけない生活を何十年もしてきた。やがて子どもが独立し、義父母を看取り、夫婦2人の食卓となった。そして夫を看取り、結婚から七十数年を経た今、「自分1人のための食事」を作る。  後藤さんの本日の昼食は、作り置きと作りたての3品とご飯、味噌汁。料理の説明を聞いた。  「これは菜っぱ煮と呼んでいる、うちのおばあちゃんの得意料理。おばあちゃんは料理人で、何を作ってもおいしいのですが、この菜っぱ煮は私も昔から大好きでパクパク食べていました」(後藤さん)


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 “おばあちゃん”とは後藤さんの姑のこと。一緒に暮らしていた当時と変わらず、そう呼ぶ。自慢の菜っぱ煮は小松菜や旬の野菜をどっさり鍋に入れて、酒、しょうゆ、おかかで煮たもの。シンプルで簡単な料理だが、食欲がないときでも、この菜っぱ煮があればご飯を食べられるという。  茶碗半分のご飯は冷凍ご飯を解凍したもの。自宅で家族と暮らしていた頃は、ご飯は必ず炊きたてだった。  「炊飯器は1合から炊けるけど、1合も炊いたら食べきるのに何日もかかっちゃう。大変だからって、お嫁さんが1食分ずつ冷凍にして持ってきてくれるの。お魚の切り身は1切れ焼いて、食べるのは半分」(後藤さん)

 食事は昔から手作りにこだわってきたという。出来合いの総菜や冷凍食品は使わず、買うとしてもできるだけ無添加のものを選んだ。そして、料理は塩分控えめ、薄味が基本。  「食事の量が落ちたというより、少なくても動ける身体になったのは80代になってからかしら。80代はまったく元気で、85歳まで1人で旅行して、川崎市の文化財ボランティアも務めていたんです」(後藤さん)  毎日、自分のために食事を作って、食べて、洗い物をして片付ける。億劫になりませんか?  とたずねると、「は?」と聞き返された。

 「億劫もなにもそれが生活の前提ですからね。それに小さいキッチンですからね、洗い物を後回しにしたら、山のようになっちゃうでしょ」(後藤さん) ■元気がないときは肉、皮膚が乾燥してきたら脂っこいものを  後藤さんにとって“食事は生活の前提”ならば、小森さんは“食は命なり”が信条である。  7種類の食材の頭文字をとった『まごわやさしい』を取り入れて、豆類、ごまなど種実類、わかめなど海藻類、野菜、魚、しいたけなどきのこ類、いも類をバランスよく使って料理するという。塩味や甘味は調味料ではなく、食材の素材の味を生かす。

 「ごはんは3食、規則正しくいただいています。食べるものがいい加減だと、身体が教えてくれますね。体力が落ちるし、そうなると集中力や思考力も落ちます。皮膚もカサついて荒れてきたりします」(小森さん)  昔から、人間の身体は口から食べるものでできていると考えてきた。だから、今も元気がないときは肉、皮膚が乾燥してきたら脂っこいものを食事にプラスする。  実は小森さんはレストランをやってみたかったというほどの大の料理好き。小さなキッチンでフレンチのフルコースを作って、皆にふるまうほどの腕前である。その小森さんが、しみじみと言うのである。


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 「おでんせの夕食は上げ膳据え膳で、本当にありがたいです。私は料理を作るのも食べるのも大好き。希望も喜びもあります。でもね、洗い物をしなきゃと思うと、絶望的になるんです。なんの希望もありませんでしょ」(小森さん)  おでんせの夕食は小森さんに多大な希望をもたらしてくれるのである。 ■食卓がすこやかな老後の日々をつないでいく  もう1つ、誕生会もおでんせの希望と喜びの食卓だ。その日の夕食は誕生日の居住者がリクエストしたメニューになる。調理スタッフには元寿司職人の人がいて、寿司をリクエストすると、握りたての寿司を堪能できるという。

 「一貫ごとにお寿司の説明をしてくださって、お寿司屋さんのカウンターでいただくみたいのなの。そのスタッフの方は土曜日が担当だから、誕生会をわざわざ土曜日にズラす方もいるんですよ」(小森さん)  話を聞くほどに、食事は人を幸せにすることを実感する。年齢を重ねると、誰しも耳が遠くなり、足腰が痛くなり、物覚えが悪くなる。そういう肉体の変化は暮らしに表れる。  おでんせの食卓では居住者たちの肉体の変化を皆が許容し、暮らしの変化を見逃さない。食卓がすこやかな老後の日々をつないでいくのだ。

桜井 美貴子 :ライター・編集者

東洋経済オンライン
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