「発泡酒増税はいじめ」 知られざるビール会社と最強官庁の攻防

発泡酒への増税に反対するため勢ぞろいした大手ビール4社のトップ。(前列左から)サッポロビールの岩間辰志社長、キリンビールの佐藤安弘会長、アサヒビールの福地茂雄社長、サントリーの佐治信忠社長(肩書はいずれも当時)=東京都渋谷区で2001年12月1日、宇田川恵撮影

 「戦争」と呼ばれるほど販売競争にしのぎを削ってきた大手ビール4社だが、この日はトップがそろい踏みした。

 2001年12月初め、東京・恵比寿の街頭に立ったのは、アサヒビールの福地茂雄社長、キリンビールの佐藤安弘会長、サッポロビールの岩間辰志社長、サントリーの佐治信忠社長(肩書はいずれも当時)。おそろいの法被姿で発泡酒の増税反対を訴え、署名を呼びかけた。

 佐治さんは当時、こう語っていた。「ビールと違うものが売れたから増税というのは、いじめだ」

 折しも政府・与党は02年度税制改正で発泡酒の増税を検討していた。対してビール業界側は14万筆の署名を集め、増税の阻止に成功した。ただこれは、税率を巡りビール業界と「最強官庁」といわれる財務(旧大蔵)省が約30年繰り返してきた、「もう一つの戦争」の一場面に過ぎない。

全2回の後編です前編はこちら 10月増税で逆風の第3のビール 開幕間近「令和のビール戦争」

税率の安さに注目、瞬く間にヒット

 発泡酒の歴史は古い。第二次世界大戦中、日本軍から飲料メーカーや大学に「代用ビール」の開発を求められ、技術が進展した。戦後は「ビーヤ」「ラビー」などの銘柄が販売されたが、味が今ひとつだったこともあり、広がらなかった。

 今につながる発泡酒は、1994年にサントリーが発売した「ホップス」が火付け役となった。

 その7年前の87年、アサヒビールが発売した「スーパードライ」が市場を席巻した。ビールの分野で業界4位だったサントリーはあおりを受け、90年代に入るとシェアは約8%から約6%に下がった。

 状況を打開するため、消費者への聞き取り調査をすると、「家ではビールを1本しか飲ませてもらえない」と答える人が、立て続けに現れた。担当者はこう分析した。「妻から『健康のため』と言われている人が多かったが、実は家計のための節約だ」

 国内はバブル崩壊後の不況で、消費者の財布のひもは固かった。そこでサントリーは、新商品として税率が安い発泡酒に目をつけた。

 当時は酒税法上、麦芽使用比率が67%以上がビール、それ未満が発泡酒だった。小数点以下を四捨五入すると、酒税は標準のビール缶(350ミリリットル)で発泡酒がビールより約24円安かった。「これなら市場の回復が見込める」。麦芽比率を65%程度にした新商品「ホップス」を開発した。

 ただ、当初は「サントリーのビールはまがいものだと言われる」と営業の現場から否定的な声が上がった。

 「そこで静岡県でテスト販売すると、想像以上に売れたん…

1日あたり約35円!月額1,078円(税込)で読み放題

関連記事: