液晶の特性を応用。温度で形状が変わる柔軟なポリマー素材、米国の研究チームが開発

光や熱などの外部刺激に応じて形状が変化する液晶エラストマー(LCE)という素材がある。ディスプレイに使われるような液晶分子の異方性(物理的性質が方向によって異なること)と、ゴム状の高分子素材であるエラストマーの柔軟性を併せもつことから、従来の素材では実現できなかった複雑な動作を可能にするとして注目されている材料だ。

この液晶エラストマーを基にした新たな形状変化型ポリマーを、このほど米国の研究チームが開発した。「このポリマーはねじったり、左右に傾けたり、伸び縮みさせたりできます。自然界の動物のような柔軟な挙動が可能な素材です」と、オハイオ州立大学の助教授で化学・生体分子工学が専門のシャオグアン・ワンは説明する

液晶とは有機物で構成され分子配列の規則性をもつ物質だが、液体と同じく流動性がある。この性質は、これまで主にテレビや携帯電話などのディスプレイに活用されてきた。液晶ディスプレイは、液体の流動性と結晶の秩序構造を利用することで、光の通過や反射を制御している。

これに対して液晶エラストマーは、光や熱、電場、磁場などの外部刺激を受けると分子レベルで秩序構造が変化する。この相転移という現象によって液晶分子の配向が変わり、全体の形状が変化するという仕組みだ。この形状変化能力は、ソフトロボット(柔らかいロボット)や人工筋肉、医療分野におけるさまざまなハイテクデバイスの開発に役立つ可能性があるという。

温度によって分子構造が変化

このポリマーの最大の特徴は、単一の材料から構成されていながら複雑な動きが可能な点にある。従来の素材は一方向にしか曲げられず、複雑な形状をつくるためには複数の材料を組み合わせる必要があった。新素材は分子レベルでの挙動を温度変化で制御できることから、他の材料を加えることなく2方向にねじったり伸縮させたりできる。

液晶分子には配向秩序と呼ばれる性質があり、分子や分子の鎖が特定の方向に配列されるようにできている。液晶エラストマーを加熱すると液晶分子の配向に変化が生じ、柔軟性や弾性に優れた構造に再配置されるという仕組みだ。この性質により新素材の製造工程を大幅に簡略化でき、コスト削減にもつながるという。

今回の研究で最も重要な成果は、温度によって新素材の分子構造が秩序を変える3つの異なる段階(相)を明らかにできたことであると、研究チームのメンバーであるアラン・ワイブルは語る。

このポリマーの分子構造は、温度変化によってネマティック相(分子の配置が一定の規則性を維持している状態)、スメクティック相(分子が層を形成して高い秩序をもった状態)、アイソトロピック相(分子がほぼ無作為に配置された状態)に切り替わる。それぞれの状態で素材の特性が変わることから、複雑な形状変化が可能になるというわけだ。

研究チームによると、新素材は用途に応じてスケールを柔軟に調整できる点でも優れている。小規模な医療用デバイスから大規模な産業用途まで、さまざまなニーズに対応できる強みがあるという。

このポリマーが実用化されれば、ソフトロボットを制御するための複雑な部品をはじめ、精密に設計された人工筋肉や人工関節、ドラッグデリバリーシステム(DDS)、生体センサーなど、幅広い分野での技術開発に応用できる可能性があると、研究者たちは期待している。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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