「巳年」に考える、ヘビが丸のみできる理由…「ヘビはモチを詰まらせない?」を進化生物学者に聞いてみた
2025年は巳年だ。
撮影:三ツ村崇志
2025年の干支は巳(へび)。
かの名作「星の王子さま」では、冒頭に「ゾウをのみ込むほど大きなヘビ」が登場する。
星の王子さまの冒頭には、ゾウをのみ込んだヘビが登場する。ヘビといえば、巨大な獲物を丸のみするイメージがよく知られている。
撮影:三ツ村崇志
そう、ヘビと言えば「丸のみ」だ。
ときに自分の身体よりも大きな獲物を果敢に丸のみにして、お腹をパンパンに膨らませるお茶目な一面が話題になることもあるヘビ。
ヘビはなぜ、大きな獲物を丸のみしても喉を詰まらせないのか。この時期に日本人にとってはおなじみの「モチ」を食べても、ヘビは喉を詰まらせないのだろうか。
そんな素朴な疑問を、ヘビの生態や進化に詳しい日本大学生物資源科学部の竹内寛彦准教授にぶつけてみた。
ヘビは自分よりも大きな獲物を狙う
ヘビの特徴について話す竹内寛彦准教授。2024年12月6日、日本大学。
撮影:川口敦子
「ヘビは手足がないため、獲物を手足で押さえつけたり、引き裂いたりすることはできず、丸のみするしかありません」(竹内准教授)
ヘビが獲物を丸のみできる理由は、主に3つある。
第一に、大きく口が開くように進化した「頭骨」。そして細長い胴体に獲物を通過させるための「骨と臓器」の形状と、窒息を避けるための「気管」の仕組みだ。
竹内准教授は
「ヘビが捕食する獲物はさまざまですが、基本的には自分の体に対して大きな獲物を狙った方が効率は良いため、ヘビはより大きな獲物をのみ込むことができるように進化してきました。大きく口が開く機能を備えた頭骨は、その代表格です」
と話す。
ヘビはトカゲと同じ爬虫類。中でも有鱗目という同じグループに属する近しい仲間だ。ただ、頭骨に着目すると、その構造はかなり異なる。
ヘビ(アオダイショウ)の頭骨。左右に分かれて独立している下顎の骨(水色の矢印)と、方形骨の両端にある2カ所の関節(黄色の矢印)。
画像:竹内准教授提供
上図の水色の矢印で示しているように、ヘビの下顎の先端(口先側)は途中で分断されており、左右の下顎の骨はそれぞれ独立している。一方、トカゲの下顎の骨は、ヒトと同様に顎の先でつながっている。この違いによって、ヘビは大きな獲物を歯でくわえた際に、左右の下顎の骨を開いたり、交互に動かしたりすることで、獲物を喉の奥へ送り込むことができるのだという。
またヘビは、頭の側面にある骨と下顎の骨をつなぐ「方形骨」が進化の過程で長くなった(上図黄色矢印)。こうして顎の可動域が広がり、口をグワっと大きく開けることができるようになったのだという。
「トカゲに比べると非常にきゃしゃな頭骨で、固い骨で頭を守ることを犠牲にしてまで、ヘビは大きな獲物を捕食する方向に進化したとも言えます」(竹内准教授)
「インパラ」や「子牛」を丸のみした記録も
ハツカネズミをのみ込んだ直後のミルクヘビ。ヘビの胴体が膨らんでいる。雑食性の『なんでも屋』のヘビより、専食する『スペシャリスト』のヘビの方が狩りのテクニックに長けているとする実験結果もあるという。
画像:竹内准教授提供
ヘビは現在、世界各地で約4000種が確認されており、種によって捕食対象も異なる。
体長は、20センチメートルほどの小さなものから10メートルほどの大きなものまで種によってさまざまだが、ニシキヘビ科などの大きなヘビでは、インパラや子牛を丸のみした記録があるという。
なんでも食べる雑食性のヘビがいる一方で、ネズミなどの哺乳類、カエル、カタツムリ、鳥の卵、自身よりも小さなヘビ、魚、アリ・シロアリなど、特定の獲物を好んで「専食」するものもいる。
いずれにせよ気になるのは、ヘビが窒息せずにあの細長い胴体にどうやって獲物をのみ込めるのかということだ。その秘密は、ヘビの骨と臓器の形状にある。
巨大なヘビがウシの仲間である「インパラ」(写真中央)を丸のみしたという報告も。
画像:Getty Images / Viju Jose
ヘビはヒトと同じ脊椎動物で、背骨に多数の肋骨が付いている。ただ、ヒトの肋骨は肺の周囲を途切れることなく覆っているのに対して、ヘビの肋骨は細長い胴体の「腹側」で途切れている(下の画像参照)。
大きな獲物が体内を通過するときには、肋骨が獲物のサイズに合わせて広がる。皮膚もうろこ以外の部分が伸びるため、口を開いて飲み込めるサイズであれば、たとえ細長い胴体より大きな獲物であっても通過できる。
アオダイショウの骨格標本。肋骨は腹側(画像下側)でつながっていない。ヒトや鳥類など多くの動物が持っている、心臓を守る「胸骨」もない。 2024年12月6日、日本大学生物資源科学部博物館『骨の博物館』。
撮影:川口敦子
ヘビの臓器の一部は、肋骨に囲まれた細長い空間に収まるように進化してきた。ヒトには左右対称に2つの肺があるが、ヘビの場合は、多くの種で左肺が退化して痕跡程度にしか残っていない。呼吸を支える右肺は細長い胴体に沿って長大化した。長さはヘビによってさまざまだが、体長の半分以上を占める種もいるという。
ヘビには、窒息を防ぐための仕組みも複数ある。
ヘビはヒトと同様に肺呼吸だが、実は肺の中でもガス交換(酸素の取り込み)を担う主要な部位以外からも酸素を取り込むことができる。そのため、大きな獲物が体を通過している時にも、少なからず呼吸を維持できるのだという。
ヒメハブの気管の入り口(青色矢印部分)。
画像:竹内准教授提供
窒息対策として、ヘビの気管の入り口(声門)も特徴的だ。
ヘビの気管の入口は口を開けてすぐのところ(上図)にあり、大きな獲物を飲み込んでいる最中にも気道を確保できるため、ヒトのように“喉が詰まる”ことはない。竹内准教授によると、ヘビは代謝が低く、そもそも酸素の要求量が少ないことも窒息しにくい要因の一つだ。ヘビの酸素の消費量は、同程度の体重の哺乳類と比較するとおよそ30分の1。実際、海に住むヘビは、潜水時に数分間から数十分間、息を止めていることもできるという。
モチがドロドロだったら詰まるかも…?
ヘビは正月の風物詩とも言える「雑煮」を丸のみできるのか…。
motosuke_moku/Getty Images
竹内准教授は「獲物がヘビの頭の部分を通り抜けられるサイズであれば、基本的には胴体に収めることは可能なはずです」と説明するが、あまりにも獲物が大きすぎると、丸のみに失敗することもあるのだという。
「大きすぎる餌を与えると吐き出す、ということは、飼育下ではよく知られたことです。私も何度も経験しており、これまでアオダイショウやボールニシキヘビがハツカネズミを吐き出したことがありました。自然下では、アフリカニシキヘビがガゼルをのみ込もうとしたものの、吐き出した例があります」(竹内准教授)
では、モチならどうか。
竹内准教授は、
「人間の場合は、モチが気道をふさいでしまうと命に関わることもありますが、ヘビの場合、気管の入り口は、口腔の入り口付近(人間で言えば舌の辺り)まで来ていますから、普通に考えるとヘビがモチを詰まらせることはないように思えます」
とした上で、
「モチは温度によってだいぶ粘度が変わる食べ物ですから、もしモチがドロドロに溶けている状態だったら、気管の入り口がモチでふさがってしまう可能性はゼロではないですよね。モチがドロドロでなければ大丈夫だと思うのですが……難しいですね」
と、少し困った表情を見せながらも言葉をつないでくれた。