欧州で5年以内に内戦が起きる…移民問題、英大学教授の警告 三井美奈

パリで滞在許可証を求めてデモを行う移民青年たち(今年2月、三井美奈撮影)

「欧州で五年以内に内戦が起きる」と予告した論文が今夏、米欧で静かな注目を浴びた。

筆者は戦争研究で知られる英国キングス・カレッジ・ロンドンのデビッド・ベッツ教授。軍事専門誌「ミリタリー・ストラテジー」に掲載された。しかも驚くべきことに、内戦勃発の可能性がもっとも高い国としてあげられたのは、フランスと英国だった。西欧民主主義を牽引する大国だ。

私はパリの自宅の窓から、観光客の朗らかな賑わいをながめつつ「そんなことは、あり得ない」という思いで論文を読んだ。だが、ベッツ教授が内戦発生の根拠とした「西欧社会の断絶」には首肯せざるを得なかった。近年の移民流入で多文化社会の均衡が崩れ、憎悪と暴力が爆発の沸点に達しようとしているという警告だった。

「将軍たち、目覚めよ」

この論文は「内戦が西側にやってくる」という表題がついている。ベッツ教授が二〇二三年に発表した論文の続編だ。欧州はいま、ウクライナとパレスチナという二つの隣接地域の紛争に直面するが、教授は「安全保障に対する最大の脅威は外部ではなく、内側にある」と喝破する。欧州のいずれかの国で五年以内に内戦が起きる確率は八七%、場合によっては九五%に達すると試算した。

日本では内戦というと、幕末の戊辰戦争や西南戦争までさかのぼる。現代人には、いまひとつ実感がわかない。だが、欧州では二十世紀、スペインやギリシャ、バルカン半島、さらに英国北アイルランドで内戦が続いた。決して過去の話ではないのだ。

ベッツ論文によると、民主主義国では経済が好調で、政治が安定している間は内戦が起きない。また、移民国家が必ずしも不安定なわけではない。多文化共存が進み、優位に立つ特定集団が存在しなければ、妥協による住み分けができる。

内戦が起きるのは、多数派が存在する社会だ。人口バランスが崩れ、「多数派に『凋落した』という意識が広がるとき」に最も危機が高まる。これに経済低迷、政治に対する信頼失墜という要因が拍車をかける。まさに、西欧の現状がピタリとあてはまる。

主要国ではどこも白人キリスト教徒が人口比で減少し、移民やその子孫の割合が増えている。低成長と少子化の時代に入り、「福祉国家はもう維持できない」という悲観論が広がっている。日本人があこがれた「豊かな欧州」は、だんだん過去の話となりつつある。

白人は人口の優位が揺らいだだけではない。移民社会は二世、三世の時代となって存在感を増した。出稼ぎに来た親の世代とは違って、彼らは欧州で生まれ育ち、市民権を持つ。アフリカや中東を植民地支配した西欧の「原罪」を問いかけ、歴史観の修正を迫る動きもある。反体制を鮮明にする急進左派が、こうした運動を支援する。脅威を感じた白人たちは、白人至上主義にしがみつき、移民排斥の主張に傾倒する。異なる民族、宗教集団がそれぞれ正義と価値観を掲げてにらみ合う。「アイデンティティ・ポリティクス」の時代となった。

ベッツ論文は、アイデンティティ集団の対立が深まり、現状を変えようとする勢力が暴力に走った時に内戦が勃発すると予告する。エネルギーや交通インフラ、文化遺産が制圧の対象となる。多文化社会を統治できない政府は権威を失い、警察や軍が制御できない「野生都市」が各地に出現する。こんな戦慄のシナリオが描かれる。

教授は「もう『まさか』で済ませる時ではない」として、欧州各国の軍司令官に警鐘を鳴らした。「将軍たちは、内戦が現実になった時への戦略を練り上げねばならない。そんなことをすると経歴に傷がつくと躊躇するのなら、すくなくとも政治家に『指示してくれ』と進言するべきだ」。具体的には、住民が避難できる安全地帯の設置、大量破壊兵器の強奪を防ぐ警備体制、文化財の保護計画の策定が必要だと促した。

「平和な日常が続くという思い込みは、危機対応の遅れにつながる。西側の国防指導者たちは『内なる危機』を信じず、矮小化する傾向がある。だが、内戦を生む条件は、これまで紛争など考えられなかったような国ですでに顕在化しているのだ」と意識改革を迫った。

英仏、すでに不気味な予兆

なぜ英国とフランスが危機国なのか?

第一に、両国が旧植民地のアフリカや中東、南アジアから多くの移民を受け入れてきたことがある。

英仏は、移民がもたらす思想や文化を国力の源泉としてきた歴史を持つ。インド系二世のスナク英前首相のように、移民社会から政経界の担い手になった人も多い。多文化主義は両国の誇りだった。だが、二〇一五年のシリア難民危機以降、アフリカや中東からの移民の波が押し寄せ、世論は変わった。各地に不法移民のテント村が築かれ、テロや麻薬犯罪も目立つようになった。犯罪者を強制送還しようにも、手厚い欧州人権法が壁になって、なかなか追放できない。定着した移民たちは家族を呼び寄せ、異文化社会はどんどん広がる。移民を管理できない政府に不満の矛先が向けられ、反移民を掲げる右派政党が支持を伸ばす。西欧社会への同化を拒むイスラム教徒には、とりわけ敵意が向けられる。

ベッツ論文は、フランスで昨年行われた欧州議会選挙に注目した。パリ首都圏を除く全国三分の二以上の選挙区で、極右野党「国民連合」が得票率で首位に立った。地方の有権者と大都市のエリート層の意識乖離を示す「現状反発の地勢図」が浮かび上がり、英国や米国でも同じパターンを見出すことができるという。

内戦の兆しはすでに見えているとも指摘した。英仏で相次いだインフラ攻撃に注目した。

フランスでは昨年、パリ五輪開幕の直前に国鉄を狙った破壊工作があった。通信ケーブルが切断され、各地でTGV路線の信号設備などが放火された。極左の犯行という見方が出たが、真相は謎のままだ。ロンドンでは二〇二三年、街頭の監視カメラが次々と攻撃された。カメラは自動車の排ガス規制を徹底する目的で設置されたが、反対運動がSNSで広がり、千カ所以上のカメラが壊されたり、持ち去られたりした。

内戦は一度起きれば長期化し、周囲に広がっていく。ベッツ教授は北アイルランド紛争の被害をもとに、英国で内戦が起きれば年間二万三千三百人の死者が出ると試算した。

移民社会の変貌

私は二〇一一年、初めてパリに新聞社の駐在員として赴任した。昨年、三度目の駐在で舞い戻り、移民地区を抜ける郊外電車に乗って、風景の変化をしみじみと感じた。黒人やアラブ系、アジア系が増えたというだけではない。原色鮮やかなアフリカのドレスやターバンを身に着ける女性が目立つようになった。アラブ圏の長衣カミスを着た男性もいる。車内のあちこちから、アラビア語やアフリカの部族語でおしゃべりする声が聞こえてきた。彼らは移民社会で暮らし、スマートフォンで祖国の文化とつながっている。白人と接する機会はほとんどなく、西欧人のように装い、フランス語を話さなくてもやっていける。「西欧に同化せねばならない」という意識が希薄になった、と思った。

フランスで、外国生まれの移民は全住民の一一%を占める。移民の親を持つ二世を加えると、移民社会の人口は全体の二割を超える。英国では、国籍を問わず「外国生まれ」が人口の一六%。ロンドンではほぼ四割だ。欧州外からの移民が増え、非白人はもう少数派とはいえなくなった。

近年、西欧で問題になっているのは、移民やその家族が「独自の世界」を築き始めたこと。そこは男女平等や個人の自由を基本とする西欧民主主義と切り離され、白人キリスト教徒が入り込めない空間だ。イスラム教の聖典に沿って男女の領分は分かれ、家父長的なアラブ圏の風習が浸透する。国内に二つの異なる世界が存在することから、「並行社会」現象と呼ばれる。

イスラム法を国の法律より重んじ、西欧文明を敵視する思想が広がれば、国民国家の基盤は揺らぐ。実際、公教育の現場である学校で摩擦が目立つようになった。フランスではイスラム教徒の親が女性教員を拒絶し、女児に体育の授業を欠席させるなどのトラブルが後を絶たない。校長が女子学生のベール着用をとがめた後、脅迫の嵐にさらされて、逃げるように辞職したこともある。二〇二〇年以降、二人の教員がイスラム過激派の若者に首を切られて殺されたから、「文化の違い」ではすまされない。ベッツ教授の言うアイデンティティ・ポリティクスの危うさがここにある。

政治イスラムへの警鐘

フランスは政教分離を国是としており、イスラム主義の広がりには特に敏感だ。五月、内務省はイスラム主義集団が「フランスで潜入工作を行っている」とする報告書を公表し、警鐘を鳴らした。

この集団は「ムスリム同胞団」という。二十世紀前半、エジプトで生まれた政治運動で、イスラム法が統治する国家建設を目指す。エジプトでは非合法化され、中東各国で弾圧の対象になっている。報告書によると、「ムスリム同胞団」は移民流入とともに西欧に浸透した。移民社会の若者にラマダンの断食やベール着用を促してイスラム教徒として覚醒させ、組織化を進めているという。「イスラム教徒は差別されている」という被害者意識を植え付け、国家への反発を煽るのが常套手段だとする。

政府は近年、イスラム系団体や信者の子供が通う学校に「国家への憎悪を煽った」「テロを正当化した」などの理由で、次々と閉鎖命令を出している。報告書に記された危機感がにじみ出る。

ドイツでも、警戒感は高まっている。

昨年四月、北部の港町ハンブルグで黒いTシャツ姿の男たち約二千人がデモを行った。イスラエルのパレスチナ自治区ガザ攻撃に対する抗議だったが、叫び声は徐々に「カリフ国家こそ解決の道」「神は偉大なり」に変わった。カリフとは預言者ムハンマドの代理人のこと。イスラム法が統治する共同体をドイツにつくれという訴えに、政界は震え上がった。フェーザー内相(当時)は中道左派「社会民主党」の人権派で、寛容な移民受け入れを訴えてきたが、この時はさすがに「イスラム国家を樹立したいのなら、あなた方はドイツにいるべきではない」と声を荒らげた。

デモを呼びかけたのは「ムスリム・インテラクティブ」という団体だった。動画投稿アプリ「ティックトック(TikTok)」で約二万人のフォロワーを持つ。憎悪に満ちたイスラエル批判を続けている。米国やドイツのイスラエル擁護を「資本主義によるイスラム支配」とののしり、「専制のくびきを叩き壊せ。イスラム時代の到来を」と訴える。

ドイツはこの十年で中東から約百万人の難民や移民を受け入れてきた。祖国にはない「表現の自由」を手に入れた若者たちは、西欧への怒りを声高に叫んでいる。なんとも皮肉な構図である。

極右が操る反移民暴動

移民社会の拡大に対抗し、反移民を掲げる極右が各国で台頭する。自警団を組織し、暴力を辞さない集団も出てきた。内戦の「予備軍」というべき存在だ。

英国では、米国発祥の「アクティブ・クラブ」という団体が静かに勢力を広げている。ホームページでは、「イングランドの若者男性の同胞集団」と自己紹介する。「肉体と自己を鍛え、強く健全なコミュニティ作りを目指す」といい、ボクシングジムなど七か所の拠点を地図に記している。一見すると筋肉作りに励むスポーツ同好会のようだが、実は白人至上主義のネオナチと目されている。英BBC放送によると、英国内のフォロワーは約六千人で、親ナチス思想の持主も多数いる。肉体を鍛えるのは、「国家と文化再興のための戦い」の先兵を自任するからにほかならない。

「愛国者の選択」という団体もある。こちらも、イスラム移民を嫌悪する白人至上主義の集団で昨年、ゴーブ地方自治相(当時)は「過激派団体」と名指しした。「イングランド防衛同盟」を創設したトミー・ロビンソンという極右活動家はカリスマ的人気を誇り、反移民運動の中心に立つ。

英国では昨年夏、反移民暴動が各地に広がって千人以上が逮捕された。西部サウスポートでルワンダ系の少年が少女を刺殺した事件をきっかけに、モスクや難民施設が投石や放火で攻撃され、過去十年で国内最悪の騒動になった。今年九月には、ロンドンが十万人を超える反移民デモで埋め尽くされた。こうした動員の背景に、極右団体がうごめいている。移民やイスラム教徒に対する中傷発言や偽造動画をSNSで流し、不安な社会にガソリンをまくような手法で大衆の憎悪を煽っている。

今夏、英誌エコノミストの世論調査では、七三%が「数年以内」に移民や難民をめぐる暴動や争議が起こりうると回答した。多文化社会を誇った国が緊張に包まれている。

「人種入れ替え論」

移民を白人社会への脅威とみなす思想は「人種入れ替え論」に代表される。英語でGreat Replacement論という。フランスのルノー・カミュという評論家が、二〇一一年の著書で発表した。かつては白人がアフリカや中東に渡って植民地を広げたが、移動の波は逆流し、出生率で勝る非白人が西欧に押し寄せ、いずれ白人社会を凌駕すると説く。「極右の陰謀論」とみなされているにもかかわらず、SNSを通じて広く流布され、反移民運動の原動力となっている。

フランス政府はイスラム主義だけでなく、極右の暴走にも目を光らせる。二〇二一年には「アイデンティティ世代」という若者集団に解散を命じた。極右「国民連合」に近い活動家らが結成した団体で、アルプス山脈のイタリア国境に自警団を組織し、移民のフランス流入を力づくで阻止してきた。不法移民のキャンプ村を約百人で包囲し、移民支援団体の事務所に突入したこともある。解散命令後、メンバーは団体名を変えて反移民活動を続けているとみられている。

不穏な動きは、各国に広がる。今年夏には、スペイン南部ムルシア州で黒い覆面姿の集団がモロッコ系移民の居住区を四夜連続で襲う事件が発生した。反移民暴動は二〇二三年には、アイルランドのダブリンでも起きた。ベッツ教授の言う通り、一触即発のきな臭さが欧州に漂っている。

「排外主義」で片づけるな

「移民や難民が絡むと、たちまち憎悪の応酬になる。静かな町がすっかり変わってしまった」。苦渋に満ちた町長の表情が印象に残った。フランス大西洋岸のサンブレバンレパンで、難民施設の建設計画を取材したときのことだ。

この町は人口一万五千人。計画が浮上すると賛否をめぐって住民が対立し、それが全国を巻き込む大騒ぎになった。黒い覆面の極右集団が各地から集結し、抗議デモを展開すると、「打倒極右」を掲げる極左集団も駆けつけた。週末の商店街で双方は衝突し、町長は「殺す」という脅迫の嵐にさらされた。ある早朝、庭先に出ると車が放火され、その炎が自宅の壁を焦がしていた。「もう、だめだ。このままでは家族も危ない」と思い、辞職を表明した。首相に慰留されても決意を変えなかった。いまの欧州では、移民問題を冷静に論議することすら難しい。

欧州は今年、二〇一五年の難民危機から十年を迎えた。シリア内戦を逃れ、地中海をゴムボートで渡ってくる人たちに当時、欧州人は温かな手を差し伸べた。だが、制御できないほど大きな移民の波は、政治や社会だけでなく国民の心も大きく変えた。

日本で在留外国人は人口の約三%にすぎず、欧州の事情とは程遠い。国籍は血統主義で、移民二世のアイデンティティ問題が政治化するとも考えにくい。それでも、国際協力機構(JICA)のアフリカ・ホームタウン事業が強い反発を浴びたように、移民に対する不安は急速に高まっている。

欧州の経験が示すのは、移民をめぐる国民の不安は激しい反動を引き起こしうるということ。それは治安を揺るがす暴力に発展しかねない。「排外主義はダメ」のきれいごとで封じ込めていては、問題の本質を見失う。

=産経新聞パリ支局長

月刊「正論」12月号から)

みつい・みな 昭和四十二年生まれ。一橋大学卒業。読売新聞エルサレム支局長、パリ支局長を歴任。平成二十八年、産経新聞社に入社。著書に『イスラム化するヨーロッパ』(新潮新書)、『敗戦は罪なのか』(産経新聞出版)など。

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