量子ネットワーク向けに設計されたOSが、インターネットの未来を変える
特筆すべきは、異なる種類の量子コンピュータや量子プロセッサーの技術的な違いに対応する「QDriver」の存在だ。QDriverはハードウェア抽象化層として機能し、汎用的な量子命令セット(NetQASM)を特定の量子ハードウェアに依存する命令へと変換する役割を担っている。研究チームは今回、イオントラップ方式(電磁場で捕捉したイオンを操作してキュービットとして利用する方式)とダイヤモンドスピン方式(ダイヤモンドの結晶構造に生じる格子欠陥をキュービットとして活用する方式)という物理的に全く異なる2種類の量子プロセッサー用のQDriverを開発し、その汎用性を実証した。
「このシステムは家庭のコンピューターのソフトウェアのようなものです。ハードウェアがどのように動作するかを知らなくても使用できます」と、デルフト工科大学の博士課程研究員であるマリアグラツィア・イウリアーノは説明する。
マルチタスキング機能の実装にも成功
このほか、QNodeOSの特徴のひとつが、複数の量子アプリケーションを同時に実行できるマルチタスキング機能である。実験では分散型量子計算(DQC)と、シングルノードのローカルゲートトモグラフィー(LGT)という2つの異なる量子アプリケーションを同時に実行することに成功した。
このマルチタスキング機能により、量子ハードウェアの利用効率が大幅に向上する。例えば、あるプログラムがネットワークからの応答を待っている間に、別のプログラムが量子プロセッサーを利用できるようになる。実験では、アプリケーションの数を増やすことで、デバイスの利用率が大幅に向上したことが示された。
QNodeOSによって量子ネットワークの実用化が現実味を帯びる一方で、依然として課題は残っているという。例えば、量子プロセッサー間でのエンタングルメント生成の効率化や、量子メモリーの信頼性向上、ネットワークの通信速度と同期の改善などが挙げられる。
また、QNodeOSをさらに発展させるためには、異なる量子デバイス同士を統合することで、スケーラブルなシステムをつくり上げる必要がある。研究チームは今後、クラウド上での安全な量子計算や大規模な量子ネットワークの実現を目指して、ハードウェアとソフトウェアの統合を進めていくとしている。
(Edited by Daisuke Takimoto)
※『WIRED』による量子コンピューターの関連記事はこちら。
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