レッドブル「RB21開発継続」の真意 ─ 新規則へ舵を切るライバルを尻目になぜ…そのリスクと覚悟
F1グリッドの大半が2026年の新レギュレーションに向けてリソースをシフトする中、レッドブルは異例の戦略を選択した。現行マシンRB21の開発を延長し続けているのだ。
この判断は残りわずかとなる2025年シーズンに競争力向上をもたらす一方、次世代マシン開発を犠牲にするリスクを伴う。マクラーレン、フェラーリ、そして大半のライバルチームが来季に目を向ける中、なぜレッドブルは「今」にこだわり続けるのか。
その答えは、チーム内部で2年近くにわたって続いてきた深刻な技術的混乱にある。
レッドブルのモータースポーツ・アドバイザーを務めるヘルムート・マルコは当初、7月中に今季型マシンの開発を打ち切る決断を下すとの見通しを示していた。これは他チームと同様、2026年プロジェクトへの早期移行を意味していた。
しかしながらその後、レッドブルは組織再編を敢行。チーム代表のクリスチャン・ホーナーが解任され、技術畑出身のローラン・メキーズがチームの指揮を任された。この人事異動が、戦略の大転換をもたらしたようだ。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
F1アカデミー第6戦レース2をチームメンバーと見守るローラン・メキーズ(レッドブル代表)、2025年10月5日(日) F1シンガポールGP(マリーナベイ市街地コース)
サマーブレイク明けもレッドブルは開発を続けており、第16戦イタリアGPでは新型フロアを投入。フロントウイングも改良を続けており、シーズン7戦を残す第18戦シンガポールGPでも更なる調整を加えた。これは8戦連続となるアップグレードだった。
シンガポールへはメルセデスも改良型フロントウイングを持ち込んでおり、限られた極一部のチームは現行マシン開発を続けている。だが、マクラーレンをはじめとする多くのチームはすでに2026年プロジェクトに主力を移しており、現行マシンへの大規模な投資は控えている。
マクラーレンのアンドレア・ステラ代表は、レッドブルとメルセデスによる現行マシン開発の延長が、最近のパフォーマンス差縮小の一因だと指摘する。
相関性問題─レッドブルを苦しめる“見えない敵
レッドブルがこの戦略を選んだ背景には、深刻な技術的課題がある。メキーズがチームを引き継いだ時点で、レッドブルは約1年半にわたり、根本的な問題を解決できずにいた。
ホーナー前代表によれば、風洞及びシミュレーターが示す結果と、実際のサーキットでのパフォーマンスが一致していなかった。つまり「相関性」に問題があったというわけだ。
この相関性問題とは、開発ツールが「このアップグレードは0.2秒速くなる」と予測しても、実際にサーキットで走らせると期待通りの性能向上が得られない、あるいは逆に悪化するという事態を指す。F1チームにとって、これは最も恐れるべき状況の一つだ。なぜなら、開発の方向性そのものが誤っている可能性があるからだ。
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ダミーグリッドに到着するマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2025年10月5日(日) F1シンガポールGP決勝(マリーナベイ市街地コース)
英専門誌『Autosport』によるとメキーズはシンガポールGPを終え、開発継続方針について、「レッドブル・レーシングの観点から言えば、他チームの状況にかかわらず、これは正しい判断だったと考えている」と語った。
「現在のプロジェクトにまだパフォーマンス改善の余地があるかどうかを理解することが非常に重要なんだ」
方法論の検証が2026年の成否を分ける
メキーズが強調するのは、開発ツールと方法論への信頼性確立の重要性だ。
「根本的な部分を把握しておく必要がある。というのも、我々は来年のプロジェクトを同じツール、同じ方法論で進めることになるからだ。たとえレギュレーションがまったく異なっていてもね」
2026年の新レギュレーション下でも、現在のシミュレーションツール、そして開発方法論に依存することになる。マシンの形状やパワーユニットの特性は大きく変わるが、2026年の稼働が予定される新設の風洞など一部を除いて、それらを開発するための「道具」は変わらない。
そのため、これらのツールが正確な結果を示すかどうかを現行マシンで検証しておくことが不可欠だとメキーズは考えている。
「今年のマシンを使って、我々のデータ分析の方法が正しいか、そして開発のアプローチが正しいかを検証することが非常に重要なんだ。もしこのレベルの性能を生み出せるなら、冬の間に来年のマシンを設計する際の自信になるだろう」
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決勝前にガレージでジャンピエロ・ランビアーゼ(レーシング部門責任者)およびトム・ハート(パフォーマンスエンジニア)と話すマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2025年10月5日(日) F1シンガポールGP決勝(マリーナベイ市街地コース)
もちろん、この選択には代償が伴う。
「間違いなく、2026年プロジェクトには犠牲が生じる。だが、我々にとっては正しいトレードオフだと感じている。他チームが何をしているかは関係ない」とメキーズは認める。
予算制限と、成績に応じて空力開発時間が制限される「スライディングスケール」制度の下では、リソース配分は以前にも増して重要な戦略的判断となる。現行マシン開発に費やす時間と予算は、そのまま来季のプロジェクトから差し引かれることになる。
ライバルチームが2026年マシンに数ヶ月分のリードを持つ中、レッドブルは現行マシンにリソースを投じ続けている。この時間差が、新時代の幕開けで明暗を分ける可能性もある。
「盲目」で新時代に突入するリスク
それでもレッドブルがこの道を選んだのは、開発ツールへの不信、不確実性を抱えたまま新レギュレーション時代に「盲目的」に突入するリスクの方が、はるかに大きいと判断したからだ。
2026年はパワーユニット規則も大幅に変更され、電動化が進み、車体の空力特性も一変する。F1は事実上の新時代を迎える。その節目で根本的な開発手法の誤りを抱えていれば、取り返しのつかない遅れにつながりかねない。
現行マシンは、各種ツールを検証するための「ベンチマーク」として機能する。レッドブルが他チームより長くRB21の開発を続けているのは、確固たる基盤と理解を構築するためだ。実際にサーキットで走らせ、データを収集し、予測と現実の差を埋める。この地道な作業こそが、2026年以降の成功に向けた”正しい投資”であると考えている。
問われるレッドブルの賭け
2026年の開幕まで残された時間はわずかだ。レッドブルが下した大胆な決断が吉と出るか凶と出るか――その答えは、来シーズンに明らかになるだろう。
もし2025年シーズンのうちに再び競争力を取り戻し、開発ツールへの信頼を完全に立て直すことができれば、この戦略は一定の成功を収めたと評価されるはずだ。
だが一方で、2026年シーズンに他チームに大きく遅れを取るような事態となれば、この判断は厳しい批判に晒されることになるかもしれない。