2025年の視点:ドル/円は「5年連続の年足陽線」を記録か=植野大作氏

 今年の日米両国の金融政策運営を振り返ると、3月にマイナス金利を解除した日銀が政策金利をマイナス0.1%から0.25%まで引き上げた一方、米連邦準備理事会(FRB)が9月から3会合連続で利下げを行って政策金利の上限を5.5%から4.5%まで引き下げたため、米日政策金利差は10カ月間で1.35%ポイントも縮まった。植野大作氏のコラム。写真は米首都ワシントンで2015年撮影(2024年 ロイター/Gary Cameron)

[東京 30日] - 時の経つのは早いもので、今年も残すところわずかとなった。改めて今年の日米両国の金融政策運営を振り返ると、3月にマイナス金利を解除した日銀が政策金利をマイナス0.1%から0.25%まで引き上げた一方、米連邦準備理事会(FRB)が9月から3会合連続で利下げを行って政策金利の上限を5.5%から4.5%まで引き下げたため、米日政策金利差は10カ月間で1.35%ポイントも縮まった。

にもかかわらず、本稿執筆時点のドル/円相場は157円10銭と1月初値の140円92銭より10%以上もドル高・円安の水準で取引されている。このまま大みそかを迎えた場合、2024年のドル/円相場は、2012年から15年まで続いたアベノミクス期に並ぶ「4年連続の年足陽線」という変動相場制史上最長タイの円安記録を樹立することになる。

2024年の春から年末にかけて、日米の金利差が大幅に縮まったにもかかわらず、逆にドル高・円安が進んだのはなぜだったのか。25年のドル/円相場を展望する上で、その謎を解く作業が必要になる。筆者が用意している答えは3つある。

第一に、日本の政策金利の「方向」ではなく「水準」に注目すると、日銀は今年の春にマイナス金利を解除して利上げを開始したものの、始める前の出発点が非常に低かったため、現在の政策金利は0.25%と名目水準が世界最低であるだけでなく、物価目標2%を大幅に下回る「実質期待値=マイナス圏」に水没している。日本の金利が名実ともに低過ぎることが、利上げをしても持続的な円高圧力が発生しない一因だと考えられる。

現在、日本の実質政策金利は、先進国で最も深いマイナス圏に位置しているため、この状態が解消されない限り、今後日銀が追加利上げを実施してもこれまで同様に一時的な円高騒動を引き起こすだけに終わるだろう。持続的な円高基調への転換をもたらす呼び水になる可能性は低い。

日銀の利上げによって円安を止めようとするには、日本の政策金利を最低でも物価目標2%を超える「実質期待値=プラス」の領域に引き上げる必要があるが、政府の債務残高が国内総生産(GDP)の約2.5倍と先進国で断トツの水準にあることや、個人の住宅ローンの大半が政策金利に利払い負担が連動する変動借り入れになっている現状を勘案すると、今の日本経済に2%超の水準までの利上げに耐えられるだけの基礎体力があるとは思えない。

そのような状況の下、「年収の壁」引き上げ協議に臨んで財源不足の問題に苦慮している石破茂首相は、日銀に円安は止めて欲しいが、急激な利上げはして欲しくないと思っているだろう。ただ、大幅な利上げをせずに円安を止めるのは困難なので、結局、日銀は緩やな利上げしかできないだろう。筆者は、2025年の利上げ回数は0.25%刻みで2回、政策金利は0.75%で越年するとみている。円安の阻止に必要な水準には上がらない可能性が高い。

第二に、米国の政策金利の「方向」ではなく「水準」に注目すると、24年9月にFRBが利下げを開始する前が5.25─5.50%と先進国最高のレベルが出発点だったため、3会合連続で累計1%ポイントの利下げを行ってもなお、米国の政策金利は4.25─4.50%と英国、ノルウェーに次ぐ3位の高率を保っている。

世界の基軸通貨で使い勝手の良いドルは、金利がゼロ%でも実需の世界で人気者だ。ドル建ての短期資産に4%を超える利息が付いていたら、何らかの理由でドル安に振れてもすかさず押し目買いが入るので、日本政府のドル売り介入や日銀の利上げなどによって一時的な円高騒動が起きても持続的なドル安局面には転じにくい。

12月の連邦公開市場委員会(FOMC)で更新された最新の政策金利の予想分布の中央値を見ると、米国の利下げ回数は2025年が2回、26年が2回、27年が1回となっていた。その場合、米国の政策金利は今次利下げ局面を通じて3%超の水準を維持、インフレ目標2%より高い「実質期待値=プラス」の領域で推移することになる。

蛇足かもしれないが、今回のFOMCで更新された米政策金利の予想分布で、「より長期」の中立金利は4会合連続で上方修正されて3%まで引き上げられていた。にもかかわらず、FOMC参加者が景気後退の回避に自信を示し、「金融緩和の領域」には踏み込まずに利下げを終える可能性を示唆していることが、ドル買い安心感に結びついている。

第三に、為替需給関係のデータを見ると、今年の秋に一時139円台までドル安・円高が進んだ時期にシカゴ通貨先物市場のネット円買い・ドル売りポジションは7.8万枚(非商業と非報告分の合計)で息切れしたことが確認されている。世界有数の低金利通貨である円を買うために金利の高いドルを借りてきて空売りするポジションは、増やし過ぎると日割りで発生する利払い負担が重くなるので、2000年以降は8万枚前後でいつもピークアウトしている。今年の秋に観測された投機主導の円高は、139円台で収束したのを確認済みだ。

そのような状況を踏まえた上で、実需や投資の為替フローに目を転じると、筆者がこれまで主張し続けている通り、食料、燃料、金属資源などの自給率が先進国最低レベルである上に、デジタルインフラのプラットホームを米系企業に握られている近年の日本では、貿易サービス収支の赤字決済の際に発生する「実需のドル不足」が年間15兆円を超える金額に達しているとみられる。

我々日本人が食事をしたり、電気をつけたり、家を建てたり、スマホやパソコンを使っていることが、構造的な円安圧力を育む温床になっている。貿易サービス収支の赤字体質が定着しつつある近年の日本において、ドルは「生活必需通貨」の様相を呈している。今年9月に米国が利下げを始めたにもかかわらず、ドル/円相場が139円台をボトムに上昇に転じた背景には、日本国内で生計を営んでいる一般の日本人や日本企業のドル買いが関与していた疑いが濃厚だ。2025年も大同小異の状況が続くだろう。

日米の景気循環や金融政策サイクルに左右されにくいドル買い・円売りフローの担い手は、投資の分野にも存在している。2024年1月に導入された新NISA(少額投資非課税制度)が起爆剤になって投資信託のチャネルを通じた日本から海外への長期資金流出額は、過去4年間の平均である年4.5兆円程度から9.4兆円程度に倍増、25年以降もNISA口座数の増加に平仄(ひょうそく)を合わせてペースアップが見込まれる。

日本企業の対外直接投資から海外企業の対日直接投資を引いた海外への純資金流出額に目を転じても、ポスト・コロナの世界経済正常化局面で2020年のボトムから増加に転じ、為替需給に影響を及ぼさない現地利益の再投資分を除いた金額で24年は15兆円前後の水準まで回復している。

現在、日本の企業や個人が保有している海外資産が生み出す利息や配当から海外企業の在日資産への金利や配当の支払いを控除した第一次所得収支の黒字額は、上記諸々の円売りフローに比肩できる40兆円台に達している。このため、それらが全て円転されれば円安阻止の防波堤になるものの、人口減少による国内市場の収縮懸念や名実ともに先進国最低という金利の低さがネックになって、円転比率は低迷しているのが実情だ。

以上のような為替需給の構造が変わらない限り、近年の外国為替市場でドル/円相場が下振れするのは、投機主導の円売りポジションの巻き戻しや一時的な円買いポジションの膨張が起きている時期に限られる可能性が高い。

2025年の年明け以降、米国で政策金利が引き下げられても3%台が下限になる一方、日本の政策金利は引き上げられても25年中は0.75%までという筆者の見立てに誤りがなければ、今年の秋に観測されたような投機主導の円高局面が再び到来しても浅薄短命になり、基礎的収支による恒常的な円売り超過によるドル/円相場の底上げが続きそうだ。2025年のドル/円相場は、1973年の変動相場制移行後で最も長い「5年連続の年足陽線」記録に挑むことになるだろう。

*このコラムは12月25日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

関連記事: