DNAにデータを書き込んだ“本”が出版される。値段は60ドル

人工知能(AI)の進歩によって、人類が生み出すデータの量が猛烈な勢いで増えるなか、科学者たちの間ではデジタル情報の保存手段としてのDNAに関心が集まっている。ひと言でいうと、DNAは自然由来のデータの保存手段だ。遺伝情報をコード化し、地球上のあらゆる生き物の「設計図」を決定づけているのだ。

サイズの点でも、DNAはソリッドステート・ドライブ(SSD)の1,000分の1以下だ。その優れたコンパクト性を示す例として、ある研究者グループがシェイクスピアのソネット全154編モーツァルトの楽譜52ページ分Netflixのドラマ『バイオハッカーズ』1話分を、微量のDNAにエンコード(コード化して書き込むこと)してみせたことがある。

こうした事例はいずれも研究目的のプロジェクトや、メディアが仕掛けたイベントだった。DNAを使ったデータ保存技術は主流になってはいないが、そうなりつつあるのかもしれない。商業目的の書籍としてはおそらく史上初となる、DNAにデータを書き込んた本がついに出版されたからだ。

購入可能な“DNAの本”

2025年1月、出版社のAsimov Pressは、バイオテクノロジー関連の小論文やSF小説を複数のDNA鎖にエンコードした作品集を出版した。この本の紙版と、乾燥させたDNAを金属カプセルに詰めた「核酸」版を、ふたつ合わせて60ドル(約9,300円)で売り出したという。

本の内容をDNAにエンコードするため、Asimov Pressはボストンを拠点とするDNAコンピューティング企業のCATALOGと提携。この本の全240ページ分に相当する481,280バイトのデータを書き込める約50万個のDNA分子の作成を依頼した。

従来のDNAデータ保存には、デジタルファイルの0と1のバイナリ(2進)コードをDNAの構成要素であるA、C、G、Tの塩基配列に変換する方法が用いられていた。必要な配列を得るために、この4つの要素をひとつひとつ化学的に合成して人工のDNA鎖をつくっていたのだ。

これに対し、CATALOGは「combinatorial assembly(組み合わせアセンブリ)」と呼ばれる手法を採用している。同社はこれをグーテンベルクの印刷機に似た仕組みだと説明する。ばらばらの活字を組み合わせて単語をつくるように、CATALOGは4つのアルファベットで表されるDNAの塩基のパーツをつくり、それらを組み合わせて情報を記録できるようにした。こうしたDNAの小片を大量につくり、酵素を触媒としてそれらに情報を書き込んだのだ。CATALOGの最高技術責任者(CTO)を務めるデイヴィッド・テュレックによると、この本の内容をDNAに記録し、コピーを1,000部つくるためにかかった費用はわずか数千ドルであったという。

「今回の例が示すように、一度DNAに記録したものは、分子生物学のツールを使っていくらでもレプリカをつくれます」とテュレックは言う。「いとも簡単に大量の複製をつくることができるのです」

効率のよい新技術を活用

フランス企業のBiomemoryは23年に約1キロバイト分、つまり任意の短いメール1通分ほどのデータを保存できるDNAストレージカードを1,000ドルで売り出した。当時の最高経営責任者(CEO)だったエルファーヌ・アルワニは『WIRED』の取材に対し、これはDNAデータ保存技術に対する消費者の関心の高さを知るための実験的販売なのだと説明した。「この手法を世界に提供できる準備ができたことを示したいと思っています」と彼は語った。

しかし、Biomemoryのカードはあまりに高額だった。人工的にDNAをつくる作業は、いまだに多くの時間と費用を要するのだ。これに対しCATALOGは自社の手法の効率のよさを強調し、同じ本の複製を大量生産することで価格も下げられると主張する。

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