コラム:トランプ関税が日本に与える影響、まだある隠れリスク=熊野英生氏
[東京 14日] - すでにトランプ次期米大統領の話はうんざりするほど報じられているが、筆者はまだ深く掘り下げられていない論点があると感じている。本稿ではその中でも、トランプ関税などの貿易と、それに関連する為替について論じたい。
まず、トランプ氏は輸入品に10─20%の関税を、特に中国には60%もの追加関税をかけるとしている。この措置は米国が相手国に一方的にかけるだけではなく、相手からの報復関税をかけられることもある。実際、中国や欧州連合(EU)は前回のトランプ政権下で報復を行った。これは、米国民が輸入品を買うときに割高なコストを支払うだけでなく、報復関税分だけ米国の輸出事業者が不利になる。つまり、輸入インフレ要因と、輸出の下押しのマイナス効果の両面で打撃を被ることになる。
もしも自国がトランプ政権から高関税をかけられて、対抗措置として報復関税でもまだ足りないと考えたならば、次にその国は何をするだろうか。答えは通貨の切り下げだろう。高関税の分を相殺・減殺するくらいに大きな自国通貨安へと政策誘導を行うことが考えられる。複数の国がそれを推進すると、結果的にドル高が促される。日本も、それにならって円安に向かう動きを容認するのだろうか。その場合、日本には輸入物価の上昇圧力が生じる。トランプ関税は日本にとってインフレ要因になると理解できる。
<トランプ氏登板で株価は上がるか>
トランプ関税は、文字通りに米国第一主義で行われるものだ。メキシコからの輸入自動車に100%の関税をかけろというのも、米国の都合だけで考えた話だ。メキシコからすれば大迷惑である。今までは自由貿易協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)という枠組みの中で、関税はかかってこなかった。メキシコでは、人件費の安さから、日欧の自動車メーカーが工場進出し、メキシコで生産して米国に輸出してきた。つまりメキシコに高関税をかけるということが、日本や欧州、そして米国自身の企業に対して不利益を与える。
トランプ氏が大統領になることで、株価が上がるという期待感はあるが、日本の株価には悪影響が及びかねない。国際分業の拠点、つまりサプライチェーンをメキシコに有する企業にダメージを与える。この問題はメキシコだけでなく、中国にサプライチェーンを持ち米国に輸出する日本企業にも不利益を与える。
中国に関しては、経済減速というマイナス効果もある。中国から米国に対して輸出する製品に追加的に60%もの関税をかけると、中国の景気を悪化させる。2017─19年には25%の関税をかけた。当時の中国の実質経済成長率は6%台であった。現在は4%台へ減速しており、そこに60%の関税が加わると、さらに経済減速が進んでしまう。すると、日本から中国に対して輸出する企業の業績も悪影響を受けるだろう。トランプ関税は日本企業のためにならない。日本の株価にも決してプラス効果ばかりがあるとは言い切れない。
<経済安全保障を疑う>
これはトランプ氏に限ったことではないが、中国をサプライチェーンから外し、それ以外の国々で貿易圏を築いた方がよいという考え方がある。特に安全保障に関係するエレクトロニクス分野では、中国が軍事転用するリスクがあると警戒されている。そして、半導体など先端分野の産業は、中国に対抗するため、政府が巨大な補助金で支援している。先端分野へのテコ入れは、逆に中国政府のやり方を真似るという結果になる。
筆者は以前から自由貿易のメリットを説き、保護主義には一貫して反対してきた。ほんの10数年前は、「環太平洋連携協定(TPP)の経済的メリット」というテーマで自由貿易に賛同していた人達が、現在はそうしたことに口を閉ざし、一部は経済安全保障を声高に唱えるようにすらなった。まさに隔世の感がある。
確かに技術の軍事転用には注意を払わなくてはいけない。しかし、それはごく限定された分野であり、経済安全保障を主に貿易を語るのは本末転倒だと思える。かつ、政府の補助金をつぎ込むことも、必ずしも経済合理性がある訳ではない。トランプ氏は、米国への海外企業の立地を歓迎し、補助することを是としている。
経済原理に基づくと、巨大な補助金を投じて競争力が上がるのは、半導体のように「投資コスト=固定費負担」が大きな産業に限られる。固定費をサポートされた企業は、平均コストを下げることで採算性を向上させられる。平均コストを下げるためには販路を大きく広げ、量産のメリットをできるだけ享受できることが条件になる。
しかし、経済安全保障の旗を掲げて、狭い範囲で貿易すればこの量産メリットを発揮しにくくする。自由貿易は、できる限り海外でも販路を広げて、この量産メリットを追求できる。つまり、経済安全保障とは原理的に矛盾がある。
この経済安全保障を本当に狭い範囲にとどめているうちは弊害は少ない。しかし、軍事転用とみなされる範囲を広げたり、もっと広い品目でも取引を制限したりしようとすると徐々に弊害は大きくなる。例えば、中国製電気自動車(EV)に高関税をかけて、米国製EVを優遇するのは保護主義が次第に拡張解釈されつつある予兆である。トランプ次期政権ではその傾向がさらに強まりそうだ。
もしも、この傾向が強まったとき、トランプ氏はどういった行動を採るだろうか。筆者が想像するに、日本にもっと米国製品を買えと迫ってくるだろう。米国製EVをもっと多く輸入しろと言ってくるかどうかはわからないが、米国が補助金で支援している産業と関係する分野でセールスを迫ってくる可能性はある。例えば、日本の防衛力をもっと強化せよという方針の下、米国製の装備品を売り込んでいく可能性が考えられる。トランプ氏は、日本に対米貿易黒字の改善を求めている。それを名目にして、自分たちが国策として支援してきた軍事産業の製品をセールスしてくるという予想である。外交面でも財政面でも、日本政府は厳しい選択に追い込まれるかも知れない。
編集:宗えりか
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
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