血の通う人工皮膚を3Dプリンターで構築、再生医療の突破口になるか

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分厚くて血管の通った皮膚を人工的に生成するために、2種類の3Dバイオプリンティング技術をスウェーデンの研究者たちが開発した。再生医療における長年の課題を解決する突破口となるかもしれない。
Photograph: Magnus Johansson/Linköping University

重度のやけどや外傷の治療では、皮膚の再生が生死を分ける問題になりうる。広範囲のやけどは通常、皮膚の最表層である表皮の薄い層を移植して治療する。だが、この方法では大きな傷跡が残るばかりか、本来の皮膚の機能的な回復にはつながらないという課題がある。血管や神経が通っている真皮を再生しない限り、通常の生きた皮膚とはいえないからだ。

そこでスウェーデンの研究者たちは、分厚くて血管の通った皮膚を人工的に生成するために、2種類の3Dバイオプリンティング技術を開発した。ひとつは細胞がびっしり詰まった皮膚をつくる技術で、もうひとつは組織の中に任意の形状の血管をつくる技術だ。両者は異なるアプローチで同じ課題に挑んでいる。

「真皮はあまりに複雑な構造をもっており、研究室で人工的に育てることはできません。そもそも、すべての構成要素が何なのかすらわかっていないのです」と、リンショーピング大学の准教授で形成外科が専門のヨハン・ユンケルは説明する。「だからこそ、細胞や足場といった皮膚の“部品”を移植して、体自体に真皮をつくらせるほうが現実的だと考えました」

Photograph: Magnus Johansson/Linköping University

鍵は生きた細胞のインクと“消える糸”

ユンケルらの研究チームは、スポンジ状の小さなゼラチンの粒の表面で線維芽細胞(コラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸といった真皮の成分をつくるための細胞)を培養し、それをヒアルロン酸のゲルで包み込んだ「μInk」というバイオインクを設計した。このインクを3Dプリンターで立体的に積み上げることで、高密度の細胞が詰まった皮膚の構造を自在につくれるという仕組みだ。

マウスを使った移植実験では、このインクからつくられた組織片の内部で生きた細胞が増殖し、コラーゲンを分泌して真皮の成分を再構築する様子が確認できたという。また、移植片の中には新たな血管も伸びており、組織が長期にわたって定着するための条件を満たしていることもわかった。

人工組織を構築するうえで、血管は極めて重要な役割を担っている。いくら細胞を培養して組織モデルをつくっても、血管がなくては酸素や栄養をすべての細胞にまんべんなく運べないからだ。すると、組織の構造が大きくなるにつれて組織の中心部の細胞は壊死してしまう。

研究チームは今回、98%が水分でできたハイドロゲルを糸状にプリントして配置することで、人工組織に血管を自在に構築できる「REFRESH(Rerouting of Free-Floating Suspended Hydrogel filaments)」という技術も確立した。この糸は通常のゲル素材よりもはるかに強靭で、結んだり編んだりしても形状を維持できるという。しかも、押し潰されても元の形に戻る形状記憶の性質も併せもっている。

Photograph: Magnus Johansson/Linköping University

特筆すべきは、特定の酵素を作用させることで跡形もなく分解できる点だ。組織内に配置したハイドロゲルの糸が消えれば、元の場所には細長い空洞だけが残る。これを血管に相当する流路として利用することで、人工的につくった組織の内部に血管のネットワークを自由自在に形成するという仕組みである。

今回の研究では、このハイドロゲルの糸を結び目や三つ編みに加工し、複雑な立体ネットワークを構築する実験にも、研究者たちは成功している。将来的には、こうした操作を自動化する技術と組み合わせることで、人工臓器全体に効率的に血管網を張り巡らせる手法の実現も期待できるという。

新たな人工皮膚の未来像

これら2種類の技術を統合すれば、分厚く細胞が詰まった人工皮膚の内部に、自在に設計した血管網を組み込めるようになる。最後に酵素でハイドロゲルの糸を消し去れば、酸素や栄養が隅々にまで行き届く人工皮膚が完成するというわけだ。

この技術によって、患者自身から採取したわずかな皮膚片の細胞を増やして、そこから移植片を3Dプリントすることで皮膚を再生する道筋が見えてきた。患者自身の細胞を利用することで、皮膚移植におけるドナー不足や免疫拒絶といった問題も解決できるだろう。

従来の人工皮膚研究では、「細胞を多く生かすこと」と「血管をどう再現するか」が別々に語られてきた。今回の2つの成果は、それらを同時に実現するものである。一方で、実際の創傷環境では炎症や細菌感染といった不確定要素が多く、研究室で得られた成果を臨床に橋渡しするためには慎重な検証が必要だ。

それでもなお、これらの技術が描く未来像は、再生医療における長年の課題を解決する突破口となるかもしれない。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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