微生物を調整することでチョコレートを科学的においしく作ることに成功
チョコレートの持つ複雑で豊かな風味は、主原料であるカカオ豆の発酵プロセスによって大きく左右されます。イギリスのノッティンガム大学をはじめとする国際研究チームがこの発酵の謎を科学的に解き明かし、特定の微生物の組み合わせを用いることで、高品質なチョコレートの風味を意図的に再現することに成功したと報告しています。
A defined microbial community reproduces attributes of fine flavour chocolate fermentation | Nature Microbiology
https://www.nature.com/articles/s41564-025-02077-6Why chocolate tastes so good: microbes that fine-tune its flavour https://www.nature.com/articles/d41586-025-02659-8 従来、カカオ豆の発酵は農園の環境に存在する多様な微生物によって自然に行われるため、品質や風味が不安定になりやすいという課題がありました。研究チームは、ブラックボックスとなっていたカカオ豆の発酵プロセスを解明するため、サンタンデール、ウイラ、アンティオキアといったコロンビアの主要なカカオ生産地域の農園で詳細な調査を行いました。
調査の結果、発酵中のpHや温度の変化、そしてそこに生息する微生物群集(マイクロバイオータ)の構成が最終的なチョコレートの風味を決定づける重要な要因であることが明らかになりました。 たとえば、サンタンデール産とウイラ産のカカオ豆は焙煎したナッツや熟したベリー、コーヒーのような複雑で好ましい風味を持つ一方で、アンティオキア産のものはよりシンプルで苦みが強い風味でした。カカオ豆自体の遺伝的な違いはほとんどなかったため、この風味の差は発酵プロセスの違いによるものと結論付けられました。 以下はカカオ豆の発酵過程における見た目の変化を経時的に撮影した写真。0時間後(発酵開始時)から168時間後(7日後)まで、カカオ豆がどのように変化していくかを日を追って示しており、発酵が進むにつれて豆の色が白っぽい状態から徐々に茶色く変化していく様子がわかります。
さらにメタゲノム解析という手法で微生物の遺伝情報を網羅的に調べたところ、特にTorulaspora属やSaccharomyces属といった酵母菌が、高品質なチョコレート特有の繊細な風味の形成に強く関わっていることが突き止められました。
この知見を基に、研究チームは風味形成に重要と考えられる9種類の微生物(細菌5種と真菌4種)を選び出し、「合成微生物群集(SYNCOM)」と名付けたスターターカルチャーを設計しました。そして、このSYNCOMを用いて実験室の管理された環境下でカカオ豆を発酵させたところ、自然発酵で起こるpHの変化や微生物の動態を見事に再現できました。こうして作られたカカオマスを専門のテイスターが評価した結果、サンタンデール産やウイラ産の天然の高級チョコレートと同様の、優れた風味特性を持つことが確認されました。
論文の共著者で植物遺伝学者であるデービッド・ゴポールチャン氏は「この研究技術が将来的には消費者のために、目新しくて胸が躍るような新しい風味を生み出すことにつながることに期待しています。最終的に私たちが目指しているのは、チョコレートの品質を向上させることです」とコメントしました。
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