戦後80年 ホロコーストの教訓 排外主義の再来を危ぶむ

アウシュビッツ強制収容所の跡地=ポーランドで2024年10月13日、小国綾子撮影

 不寛容と憎悪が大虐殺へと結びついた歴史を忘れてはならない。

 第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の事実が明るみに出てから、80年が経過した。

 ナチスは欧州のユダヤ人らを差別・迫害し、推計600万人以上を虐殺した。ポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所では約110万人が犠牲となった。

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 ホロコーストの背景には、第一次大戦で敗北し、多額の賠償金に苦しむドイツにおける経済の混乱と社会不安があった。

 ナチスは、「敗戦の原因はドイツ国内のユダヤ人らによる裏切りだ」とする反ユダヤ主義的な陰謀論を利用して、国民の不満の矛先をユダヤ人に向けた。

 懸念されるのは、80年たった今、少数者に不寛容な風潮が各国で再び広がっていることだ。

フェイクが分断に拍車

 欧米ではグローバル化に伴い、製造業の競争力が低下し、格差が拡大した。物価高もあいまって先行きへの不安が高まっている。

 そうした人々の不満や不公平感に乗じる形で、「自国第一」を掲げる排外主義的な政治勢力が支持を集めている。移民や性的少数者といったマイノリティーを抑圧する動きも強まる。

虐殺された欧州のユダヤ人のための記念碑=ベルリンで2020年11月18日、念佛明奈撮影

 アウシュビッツの惨禍を伝える巡回展を世界各地で開いてきたスペインの企画会社のルイス・フェレイロ社長は「ホロコーストはガス室から始まったのではない。政治家たちが国民を分断することから始まったのだ」と警鐘を鳴らす。

 ナチスがプロパガンダに利用したのはラジオや映画だった。今はインターネットが普及し、情報は瞬時に伝わるようになった。

 人工知能(AI)を活用したフェイク動画などの作成が容易になり、虚偽情報も拡散しやすくなっている。

 ナチスによる強制労働の被害補償などを求めるユダヤ人組織が1月に公表した調査では、対象となった欧米8カ国で若い世代ほどソーシャルメディアでホロコースト否定論に接している。一部の国では否定論を信じる割合が全体の平均を上回った。

 一方、ホロコーストが国家指導者らによって政治利用されていることも気がかりだ。

 イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラム組織ハマスの奇襲を「ホロコースト以来、ユダヤ人に対して行われた中で最悪の蛮行だ」と述べ、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を正当化した。

 ナチスとの決別を戦後政治の出発点とするドイツは、イスラエルの安全保障を「国是」としてきた。ガザでのパレスチナ側の死者は5万人を超えたが、ドイツ政府は「自衛権の行使だ」とのイスラエルの主張を支持し続けている。

 こうした政府の姿勢に対し、若者を中心にイスラエルへの武器輸出に反対する声が上がるなど反発も出ている。

惨禍繰り返さぬ決意を

ガザでの停戦を呼びかけるデモ=ベルリンで2023年11月4日、念佛明奈撮影

 イスラエルの後ろ盾である米国では、イスラエル政府に対する批判を「反ユダヤ主義」とみなして排除しようとする政治的な動きも出ている。

 各地の大学で昨年、ガザ攻撃に対する学生の抗議デモが相次いだ。トランプ米大統領は1月、キャンパス内での反ユダヤ主義的な行動を制限する大統領令に署名した。規制が不十分であることを理由に、コロンビア大への助成金を停止したのは、自由な言論の封じ込めというほかない。

 ロシアのプーチン大統領は、「非ナチ化」をウクライナ侵攻の大義名分に掲げる。第二次大戦中にソ連からの独立を目指すウクライナの民族主義勢力がナチスに一時協力したことが念頭にある。

 ソ連軍によるアウシュビッツ収容所の解放80周年を記念する1月の式典には欧州各国の首脳らが出席したが、ロシアは招かれなかった。主催するアウシュビッツ・ビルケナウ博物館の意向で、政治家による演説は認められなかった。政治利用を警戒したとみられる。

 ホロコーストの生存者の平均年齢は86歳で、式典参加者は10年前の約300人から約50人へと大きく減った。

 「肌の色、宗教、性的指向が異なる人々に対する不寛容や嫌悪の表れに敏感になってほしい」。ポーランド出身の元医師レオン・ワイントラウブさん(99)は式典で訴えた。

 惨禍を語り継ぎ、繰り返さないとの決意を新たにする時だ。

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