北派兵 反米連帯が動機…安全保障ジャーナリスト 吉永ケンジ氏[視点 ウクライナ危機]
ロシア・ウクライナ戦争が続く中、北朝鮮がロシアに派兵した。米政府によると、1万人以上の北朝鮮兵が派遣され、大半がロシア西部クルスク州に配置された。米政府は、北朝鮮兵が同州で戦闘に参加したことを確認した。
露と関係強化 安保確実に
北朝鮮はロシアへ砲弾やミサイルを供与してきた。また、技術将校を派遣して、ミサイル使用のデータを回収している。これに部隊の派遣が加わった。
よしなが・けんじ 1972年生まれ。元3等海佐、修士(国際情報)。防衛省・自衛隊、公安調査庁で情報活動に従事後、退官。北東アジア情勢や韓国の政軍関係を研究。翻訳書に吉倫亨(キル・ユニョン)『1945年、26日間の独立 韓国建国に隠された左右対立悲史』。鈴木竜三撮影派兵は北朝鮮が積極的に行ったと考える。今年6月、ロシアのプーチン大統領が訪朝し、有事における軍事援助を定めた「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」を締結した際、北朝鮮の 金正恩(キムジョンウン) 朝鮮労働党総書記は両国が「軍事同盟」になったと何度も発言した。ロシアのプーチン大統領はそこまでは踏み込まなかった。
北朝鮮の派兵の動機を考える際に重要なのは、国際関係をどう認識しているかだ。米国と「反米国」で連帯する国々の対立構造こそが世界の現実だと見ている。反米連帯の中心であるロシアとの連携強化によって、安全保障をより確実にし、外交的な位相を高めることを目指している。
派兵を決断できた背景としては、米国に対する核抑止力をある程度完成した形で持った、という自信があるのだろう。
「特殊部隊」とは
韓国の情報機関、国家情報院は10月18日の発表で、北朝鮮の「特殊部隊」が派兵されたと表現した。メディアなどに対する説明では、北朝鮮軍「第11軍団(暴風軍団)」所属の部隊だという情報を加えた。
「特殊部隊」という言葉から米軍デルタフォースのように「特殊な能力を持ち特殊な作戦を行う部隊」を連想しがちだ。ただ今回の実態は、北朝鮮軍の中で比較的練度が高い歩兵部隊が派遣された、と考えた方が近いだろう。
朝鮮人民軍の地上兵力は約110万人だが、うち3割は道路・建物の建設などを行う土木工事部隊だ。韓国との軍事境界線の近くに張り付いている部隊は動かせない。ある程度自由に運用できる部隊から派遣されたのだろう。
ロシア軍は北朝鮮から来た部隊にどのような役割を担わせるのか。
ロシアの戦略目標は、ウクライナ東部を平定することであり、そこでの戦闘が主作戦だ。ウクライナ軍が8月、越境攻撃でロシア西部クルスク州に進攻した。これにロシア側が対応しているのは(主作戦に連動する)支作戦と言える。
ロシア軍がウクライナ東部でかけている攻勢では、部隊間の連携が重要だ。北朝鮮兵にはロシア語が十分に通じず、足手まといになりかねない。クルスク州であれば、敵の位置などに関する情報でロシアが優勢をとりやすい。北朝鮮兵の部隊に特定の場所を警戒させる形にすれば、活動させられるのではないか。
軍服を受領
北朝鮮兵が露極東部の訓練場で装備品を受け取っているとされる動画(中央の文字は10月18日に公開したウクライナ当局の名称)=SNSの映像から韓国国家情報院は、北朝鮮兵が少数民族出身のロシア兵として偽装していると主張した。ウクライナ政府は、ロシア極東の施設での北朝鮮兵だとする動画を公開した。映っている兵士が北朝鮮兵であることはほぼ間違いない。軍服を受領しているように見える。
ロシアとしては、たとえ友好国であっても他国の軍隊を自国領域に展開させることは体裁にかかわる。「ロシア軍だ」という形をとりたかったのではないか。北朝鮮には、ウクライナから交戦国として認定されたくないという事情がある。
ウクライナが北朝鮮を交戦国とした場合、概念上は、戦域が日本近海まで広がる。ウクライナの立場からすれば国際法上、軍事関連の運搬に従事する北朝鮮船舶は攻撃対象にできるからだ。ただ、攻撃の蓋然性は乏しい。
北朝鮮はすでに国連安全保障理事会の決議に基づく制裁を受けているが、交戦国になれば、北朝鮮の船舶に対する国際的な監視はさらに厳しくなるだろう。
韓国がウクライナを支援する度合いを強めれば、朝鮮半島における韓国と北朝鮮の緊張が高まる。
北朝鮮軍はロシアへの派兵の副次的な効用として、ドローンの使い方など近代戦の教訓を学べるだろう。
今後の露朝関係を占う上で、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)と原子力潜水艦についてロシアが北朝鮮に関連技術を提供するかどうかに注目している。北朝鮮が2021年に定めた国防力発展5か年計画の中で、この二つに関する目標は達成されていない。
北朝鮮は、米国のトランプ前大統領が返り咲いた場合への対応を検討してきたと思う。これから対米関係でも動きを見せるだろうが、「反米連帯」に属するという立場から振る舞うだろう。(聞き手 編集委員室・森千春)
海上移送「有事」想定か
ロシアと北朝鮮が今月、批准手続きを終えた「包括的戦略パートナーシップ条約」は、有事の際に軍事的支援を行うことを定めている。吉永氏は、ロシア海軍が10月に北朝鮮兵を移送した際、「この条約を背景にした」行動をとったと分析する。
手がかりとなったのは、韓国国家情報院が10月18日に発表した資料だ。ロシア太平洋艦隊の揚陸艦が10月8~13日、ロシア極東ウラジオストクから北朝鮮東海岸の 清津(チョンジン) 、 咸興(ハムフン) まで、それぞれ往復して北朝鮮兵を運んだという。衛星のレーダーがとらえた揚陸艦の画像を添えている。
吉永氏は、ウラジオストクから咸興まで2日間で往復できる距離なのに移送に6日間もかけた点に注目し、二つの港の水深などの調査を行ったのだろうと推測する。ロシア海軍の艦船がこの北朝鮮の水域に入ったのは、1990年代以降で初めてだった。
無論、朝鮮半島有事が発生した場合、ロシアが介入するか否かは、その時の情勢を踏まえた高度な政治的判断による。ただ今回、ロシア海軍が北朝鮮軍と協力して海上移送を行ったことは、有事の可能性を視野にいれて、使えるルートを試した意味はありそうだ。(森)