ゴング後にまさかの“不意打ち”…それでも怪物バレロが“倒せなかったボクサー”本望信人の執念「1ラウンドでKOされるとか…オレの何を見てきたんだ」

ゴング後にまさかの“不意打ち”…それでも怪物バレロが“倒せなかったボクサー”本望信人の執念「1ラウンドでKOされるとか…オレの何を見てきたんだ」 photograph by JIJI PRESS

(Number Web)

 2007年5月3日、本望信人が怪物王者エドウィン・バレロに挑戦したWBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ。当時のバレロの戦績は21戦21勝(21KO)、試合前には「1ラウンドでKOされる」とまで言われた30歳の本望だったが、リング上ではたしかな技術と意地を見せつけた。流血しながらもダウンなしで戦い抜いた本望が語る、バレロの“本当の実力”とは。(全3回の2回目/第1回、第3回へ)※文中敬称略

 試合開始のゴングが鳴った。サウスポーのバレロがジワジワとプレッシャーをかけ、本望はいつも通りハイガードでバレロの周りをサークリングしながらジャブを突く。バレロのプレッシャーを受けながらも、練習してきた入り際の右を初回に当ててみせた。序盤戦はまずまずの出来に見えた。

「右を合わせることができて、きっかけは作れたのかなと思います。相手のパンチも見えていた。ただ、その後なんですよね。こっちはポイントを獲るためにもっと手数を上げていきたい。でもバレロがどんどんパンチを出してくるので手数を増やせませんでした」

 バレロはパンチのつなぎが速い。そしてバランスが多少崩れていても、お構いなしにパンチを打ってくる。次々と休む間もなくパンチが飛んでくるということだ。

「こっちとしては相手のバランスを崩した瞬間にパンチを打ち込みたい。でも、バレロはなかなか崩れてくれないし、崩れた状態からでもパンチを打ってくる。しかもそのパンチがすべて強いんです。一発だけならすごい強打という選手はそれまでにもいました。でも連打のすべてが強いという選手は初めてです。空振りするときに風がブワーッと吹き抜けていくような、そんな感じがしました」

“1ラウンドKO負け”予想に「オレの何を見てきたんだ」

 本望は右のタイミングを計りながら、何とかチャンスを作ろうとトライし続けた。しかし2ラウンドに早くも目の上をカットし、出血してしまう。顔面のカットは本望のアキレス腱だった。デビュー戦からカットを繰り返し、両眼の上はきわめて切れやすい状態になっていた。実況アナウンサーは「150針以上縫った」と視聴者に伝えた。

「数は分からないですけど、試合のたびに切って、何度か手術もしているので150針ではきかないかもしれません」

 本望は劣勢となり、4回以降は出血がひどく、いつ止められてもおかしくないピンチに陥っていく。バレロはクリンチの際、したたかにグローブで挑戦者の傷口をこすった。さらに4回終了のゴングが鳴った直後、すれ違ってコーナーに帰る際には本望の腹を右のグローブで叩いた。ゴング後に互いがグローブをタッチし合う光景はよく見られる。いわばエールの交換のようなものだが、この時は叩き方が少し強いようにも見えた。

「ゴングが鳴った瞬間、目と目が合ったんです。それですれ違うときにバレロがドンと。あれ、効いたんですよ。みぞおちです。あの試合で唯一効いたパンチです。引きずるほどではなかったですけど、ちょっとズルいなとは思いました」

 バレロはどこまでも力強く、そして試合巧者でもあった。それでも血まみれの本望は決してあきらめない。絶対にバレロに勝つ。意地とプライドがチャレンジャーにはあった。

「試合前、1ラウンドでKOされるとか、KOされても恥ずかしくないとか書かれて、それは絶対に違うと思ったんです。自分は一回もダウンしたことがない。それなのに簡単に倒されるって、オレの何を見てきたんだと言いたい気持ちがありました。のちに長谷川穂積さん、山中慎介さん、内山高志さん、いろいろな選手の活躍で日本のボクシングの評価って高まったと思うんです。でも、当時は違いました。だからこそ力を見せたかった。自分は日本で重ねてきたキャリアに誇りを持っていたので」

流血で無念のストップも「楽しかった」と振り返る理由

 勝利への執念とは裏腹に、傷は悪化していくばかりだ。8回、試合が中断され、今は亡き大槻穣治ドクターが傷口を丁寧にチェックする。再開後、本望が前に出た。右を打ち込み、会場が沸く。しかし、ドクターチェックが再度入り、試合はため息とともに終わった。無念の8回1分54秒TKO負け。敗者はがっくりとキャンバスにヒザをつき、控え室で涙を流した。これがラストファイトとなった。

「傷が原因で試合が終わるようなことがあったら辞めようと思っていました。自分も嫌だし、お客さんにも、相手にも悪い。体力的にはまだやれましたけど、その前にも負傷判定という試合が続いていましたから……」

 血まみれになりながらバレロに立ち向かった本望の勇敢なファイトは多くの人の心を打った。称賛の声は本人の耳にも届いた。敗れはしたものの、今はバレロと対戦できて良かったと感じている。

「あの試合まで『世界をやるために負けたら終わり』みたいな中でずっとやっていたんです。いつも『負けられない』という気持ちでした。バレロ戦はそういう気持ちから解放されて、試合が決まってからずっと楽しかった。絶対不利と言われる中、そこに挑んでいくのは楽しかった」

 本望戦から約1年後の2008年6月12日、バレロは再び日本人ボクサーと防衛戦を行う。相手は36歳にして念願の世界戦にたどり着いたベテラン、嶋田雄大だった。

<第3回に続く>

文=渋谷淳

photograph by JIJI PRESS

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