泡沫極右候補がTikTok駆使し大統領選首位に、EUの規制が威力発揮したものの…残された禍根

 ドイツ連邦議会選を1か月半後に控えた1月9日、強硬右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のアリス・ワイデル共同党首は、米国の実業家イーロン・マスク氏と対談した。舞台は、マスク氏がオーナーのX(旧ツイッター)。トランプ米大統領の側近のマスク氏は「ドイツ国民はAfDを支持する必要がある」と支持を訴えた。

X上でイーロン・マスク氏(右)と対談するAfDのアリス・ワイデル共同党首(1月9日)=ワイデル氏のXから

 AfDは移民排斥や愛国主義を訴え、欧州主流派からは「右派ポピュリスト」と異端児扱いされてきた。ワイデル氏は「ナチスは共産主義者だった」と誤情報を口にしたが、マスク氏は「その通りだ」と同調した。20万人が対談を視聴し、過激な発言がSNS上に拡散した。AfDは旧東ドイツ地域を中心に支持を広げ、選挙で第2党に躍進した。

 欧州で影響力を強めたいマスク氏は英国などの強硬右派をSNSで支持し、政権打倒を訴える。根拠のない発信も多く、ドイツの政治学者ヨハネス・ヒリエ氏は「欧州への選挙干渉だ」と批判する。ドイツには偽情報などの削除を業者に義務づける「ネットワーク執行法」があるが、今のところマスク氏らの情報発信で業者の違法性は問われていない。SNS事業者は「言論の自由」を盾に対応しないケースがあるとされる。

 ドイツが加盟する欧州連合(EU)には、偽情報などの拡散防止を巨大IT業者に義務づける「デジタルサービス法(DSA)」もある。EUはマスク氏とワイデル氏の対談直前、Xを念頭に「違法な情報の削除義務に違反すれば、罰金を科す可能性がある」と警告した。違反業者に世界売上高の6%の罰金を科すことができ、世界でも先進的なSNS規制と言える。

18日、スペイン南西部セビリアの「アルゴリズム透明性欧州センター」で解析にあたるアルベルト・ペーナ所長(右)ら=酒井圭吾撮影(画像は一部調整しています)

 EUはドイツを含む選挙で4件を調査中だ。スペインにあるEUの執行機関・欧州委員会の「アルゴリズム透明性欧州センター」では、DSAに基づき35人が業者を監視し、違反行為の証拠を収集する。センター長のアルベルト・ペーナ氏は「EUでプラットフォームを運用したいなら、ルールに従う必要がある」と強調した。ただ、膨大なデータ解析など調査に時間がかかるとも指摘される。

 ルーマニア大統領選ではDSAが威力を発揮した。極右候補カリン・ジョルジェスク氏は 泡沫(ほうまつ) と目されていたが、TikTok(ティックトック)に乗馬する姿などを投稿して親しみやすさを演出した。昨年11月の1回目投票で首位となり、「TikTokスターの勝利」ともてはやされた。

 これに対し、EUは昨年12月、SNSを駆使した情報操作が行われた疑いがあるとしてTikTokに関連データの保全命令を出した。EUと連携するルーマニア情報当局はジョルジェスク氏のTikTokに関する不正を指摘する機密文書を公開し、同国の憲法裁判所は投票結果を無効にする決定を下した。

 同国の公開情報によると、選挙運動で休眠状態だった約2万5000の偽アカウントが使われ、約100万ユーロ(約1億6000万円)が費やされた。100人以上のインフルエンサーに報酬が支払われていたという。ロシアとの関係が疑われ、EUは「外国の大規模な介入があった可能性が高い」と警鐘を鳴らした。

 結果を覆す「劇薬」は禍根も残した。5月のやり直し選挙で選管当局はジョルジェスク氏の出馬を認めなかった。支持者の一部は「選挙泥棒だ」などと抗議し、暴徒化した。政府は偽情報の監視を強化する方針だが、同氏を支持した極右政党党首が立候補し、社会の分断が懸念される。

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