ロシアに連れ去られたウクライナの子ども約2万人 帰還は1割 志葉玲が見た「完全な誘拐」

救出されたウクライナの子どもとその親。救出後もトラウマのケアなどの支援が必要だ(ウクライナ子どもの権利ネットワーク提供)

「キャンプに行く」と説明され、気がつけばロシアへ——。侵攻から4年半、今も続く子どもの連れ去り。国際社会は何を見落としているのか。

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「今も多くの子どもが、ロシアに連れ去られています。親が同意していない、完全な誘拐です」 ジャーナリストの志葉玲(れい)さん(51)は言う。

 今年5月、志葉さんは約3週間ウクライナを訪れ、前線に近い東部の都市のクラマトルスクをはじめ、北東部のハルキウ、首都のキーウなどを取材した。

 そして以前から気がかりだった「ロシアによる子どもの誘拐」について、キーウに拠点を置くNGO「ウクライナ子どもの権利ネットワーク」の子ども救出プロジェクト担当者、アンジェリーナ・カシャノワ氏にも話を聞いた。

ウクライナ子どもの権利ネットワークのアンジェリーナ・カシャノワさん(撮影/志葉玲さん)

 2022年2月のロシアによるウクライナ侵略から4年半。今も攻撃の応酬が続くなか、深刻な問題となっているのが、ウクライナ東部や南部のロシア占領地からの子どもの連れ去りだ。ウクライナ政府は、少なくとも約2万人の子どもが連れ去られたとしている。

 志葉さんが避難民やカシャノワ氏への取材で聞いた、ロシアによる子どもの連れ去りで代表的なものは「キャンプ」を名目に子どもを集めるものだった。

「学校でキャンプに行くと説明され、バスに乗せられた子どもたちは、気がついたらロシアに連れていかれます」(志葉さん)

 連れ去り先はロシア国内だけではない。南コーカサス地方のジョージアのロシア支配下にある地域や、ロシア連邦を構成するダゲスタン共和国などにも送られている。また、ロシアとの軍事協力を進める北朝鮮にも送られているという指摘もある。

 連れ去り先で行われるのは、「ロシア化」だ。幼いうちからロシアの価値観を植え付け、ウクライナ人としてのアイデンティティーが奪われていく。

「子どもたちは、名前や生年月日、国籍などの個人情報を書き換えられます。特に3歳くらいまでの小さな子どもの場合、出生証明書すら変更されるといいます」(同)

 その後、子どもたちは孤児院や里親のもとへ送られ、ロシア人として育てられるという。

 子どもの強制移送は、ジェノサイド条約で明確に禁じられている重大な人権侵害だ。国際刑事裁判所(ICC)は23年、ウクライナの子どもらを違法に自国に連れ去った行為は「戦争犯罪」に当たる疑いがあるとして、プーチン大統領とその側近に対し、逮捕状を発布した。

 これに対しロシアは、子どもの連れ去りについて、戦地から「避難」させたなどと弁明し、「全くの虚構だ」と反発してきた。

 だが今年3月、国連の「ウクライナに関する独立国際調査委員会」は報告書を公表し、ロシアの最高レベルの当局がウクライナの占領地域から子どもたちを何千人も強制移送したと見解を示した。そして、プーチン大統領が「直接関与しているのは当初から明らか」と指摘した。

 連れ去られ、個人情報を改ざんされた子どもの奪還は困難を極める。ウクライナ政府によれば、連れ去られた約2万人のうち帰還できたのは全体の1割程度の約2千人。子どもの権利ネットワークは、そのうち369人の帰還を支援してきた。

救出されたウクライナの子どもとその親。「救出活動は年々困難になっている」とカシャノワ氏(ウクライナ子どもの権利ネットワーク提供)

 ロシア国内に協力者がいて子どもの居場所を特定したり、SNSなどネット上の膨大な情報をAIで解析し、行方不明になった子どもと似た写真を探すなどしたりして、居場所の特定につなげるという。

 だが、子どもたちを脅かす人権侵害は、「誘拐」だけではない。

 志葉さんは、「占領地域にとどまる子どもたち自身も、深刻な人権侵害の中にいる」と指摘する。

「占領地域は巨大な監獄と化しています」

 学校ではウクライナ語は禁じられロシア語の使用を強要され、人々の日常生活は厳しく制限される。

ウクライナ東部バラクリアの子どもたち。同市は一時ロシア軍の占領下にあった(撮影/志葉玲さん)

 志葉さんが話を聞いた、ロシアの占領地域からキーウに逃げてきた20歳の女性は、音楽を聴きながら帰宅していただけで警察に呼び止められ、携帯電話やパスポートをチェックされた。

 こうした検問は週に5回に及ぶこともあり、少しでも疑われれば自宅まで家宅捜索に来ることもあったという。また、自宅にウクライナ国旗があっただけでスパイ容疑をかけられ、ロシアに連行され、懲役10年を科せられた別の女性もいた。

 支配は言語や思想、行動の統制にとどまらず、子どもたちを兵士へと育てる軍事教育にも及んでいる。占領地で進められるのが、「軍事化」だ。志葉さんは言う。

「子どもたちは、カラシニコフ銃を45秒で組み立てる訓練やナイフ投げ、塹壕を掘る訓練などを受けさせられます。そして18歳になると徴兵される可能性があります。軍事化の究極の目的は、ウクライナの子どもたちを兵士へと育成し、ウクライナ人同士を戦わせることです」

 さらに、占領地では子どもたちの身体や尊厳を踏みにじる被害も相次いでいる。とりわけ深刻なのが、子どもへの性暴力だ。

 カシャノワ氏によると、14歳の女の子が、ロシア人の検察官や兵士に繰り返し性的暴行を受けたと証言。彼女の友人たちも、被害にあった。ウクライナ人の少年が国外へ売られる人身売買もあったという。

 現在もウクライナ領土の約20%がロシアの占領下にあり、そこには推計150万人の18歳以下の子どもが暮らしているとされる。

 取材を重ねるなかで、志葉さんは占領地の現実を象徴する言葉に何度も出合った。

「占領は戦争よりも悪い」

 戦争であれば、少なくとも抵抗し、奪還を目指す余地がある。しかし占領下では、人々はその手段すら奪われたまま、ロシア化や軍事化、性的暴力など、さまざまな暴力や抑圧にさらされ続ける。

「占領そのものが深刻な暴力であり、人権侵害です」(同)

 こうした人権侵害を止めるためには、国際社会の取り組みが欠かせない。ウクライナの子どもたちを救うために何ができるのか。

 カシャノワ氏は志葉さんに、「世界がこの問題を忘れず、ロシアに圧力をかけ続ければ、いつか状況は変わるかもしれない」と話したという。

 志葉さんは、国際社会がまずやるべきこととして、「ロシアに対し、移送した子どもに関する情報を公開させることが重要」と訴える。ロシアは、国際人道法が定める赤十字国際委員会(ICRC)への名簿提出を拒否している。

「少なくとも、侵攻を開始した22年以降にウクライナから何人の子どもがどこに移送されたのかを明らかにし、親元へ帰すよう国際的な圧力を強める必要があります」

 さらに、「占領地域への人権監視団の立ち入りを実現することも不可欠」と話す。

「占領地域には国際社会の監視がほとんど及んでいません。人権監視団が継続的に立ち入り、実態を把握できる体制が必要です。そして根本的な解決には、ロシアが占領地から撤退するしかありません」

志葉玲さん(右)。2022年のロシアの侵攻開始直後からウクライナを取材している(本人提供)

(AERA編集部・野村昌二)

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