風船ガムのような生きものをくわえる幼魚たち、いったい何が?
ハナギンチャクの幼生とアジの仲間。(PHOTOGRAPH BY LINDA IANNIELLO)
夜の闇が覆う海の中で、風船ガムをふくらませているように見える魚がいる。しかし、魚の口から出ているのは実はハナギンチャクの幼生だ。学術誌「Journal of Fish Biology」に9月5日付けで掲載された論文で、魚と「花虫類(かちゅうるい:ハナギンチャク、イソギンチャク、クラゲ、サンゴなどを含むグループ)」との驚くべき共生関係が報告された。風船ガムの魚もその一例だ。
夜の海でライトに集まってくる浮遊生物を観察する「ブラックウォーター・ダイビング」で撮影された写真には、幼い魚が危険なはずのハナギンチャクと一緒にいる様子が写っている。このような行動には、小さな魚が捕食者に捕まりにくくなる効果があるのかもしれない。
外洋では「自分で自分の身を守る方法を見つけなければなりません」。米バージニア海洋科学研究所の魚類学者で、論文の筆頭著者であるガブリエル・アフォンソ氏はそう話す。無脊椎動物の陰に隠れて暮らす魚がいることはわかっているが、今回の研究はその新たな事例となるかもしれない。(参考記事:「夜の海に漂う生命」)
エボシダイの仲間と浮遊幼生期のハナギンチャク。(PHOTOGRAPH BY LINDA IANNIELLO)
科学者がこの行動を探し始めるようになった発端は、米ハワイ州コナを拠点に独立して研究を行っている海洋生物学者のジェフリー・ミリセン氏が撮影した奇妙な写真を目にしたからだった。
2015年、ミリセン氏がコナの近くでブラックウォーター・ダイビングをしたとき、腹びれに玉のような生きものを抱えた魚を見かけた。そのときは、玉のような生きものの正体はわからなかった。
魚が無脊椎動物と一緒にいるのは珍しいことではないが、それにしても見慣れない光景だったという。ミリセン氏は、論文の著者の一人であるデビッド・ジョンソン氏(発表前に他界)にその写真を送った。
魚を捕まえて陸上に連れ帰り、詳しく調べるのが研究者の慣例だが、ミリセン氏は「顔を水の中に入れて見まわすだけでも、とてもたくさんの情報が得られます」と話す。なお、ミリセン氏自身は論文の著者に名を連ねてはいない。(参考記事:「浮遊生物サルパに乗り込んだタコ、34年ぶり撮影」)
ジョンソン氏、アフォンソ氏らは今回の論文のために、2018年10月から2023年8月の間にほかの夜間ダイバーが撮影した写真を集めた。
ダイバーは夜間に水中に入り、懐中電灯などを照明として撮影する。写真に写った動物の多くは、光に引き寄せられてきた小動物たちで、ほとんどが数センチ未満の大きさだ。「原始の海はこのような姿だったのではないかと思います」とミリセン氏は言う。
アフォンソ氏のチームは、フロリダとタヒチの沿岸、水深8~15メートルほどの場所で撮影された写真を調べた。カワハギの仲間が黄色いハナギンチャクの幼生をくわえているような写真や、アジの仲間の幼魚やカツオノエボシとの共生で知られる若いエボシダイの仲間が、ハナギンチャクの幼生のそばを泳いでいる写真があった。
シマガツオが別の生物に乗っているような写真もあった。その塊のような動物は、特定はできなかったものの、花虫類の一種だった。