Appleもあらがえぬ新潮流「リマニ」 iPhone、修理前提の設計に

米アップルのスマートフォン「iPhone16」を分解すると、同社が大胆に設計思想を変更していることが分かった。使い捨て前提だった設計が、保守性や再利用を意識したものに変わったのだ。世界でにわかに動き出した、使用済み製品を新品同様に再生する「リマニュファクチャリング」の新潮流。アップルの決断はリマニへ続く、ものづくりの転換を映している。

「まだ変えるのか!」。米アップルがスマートフォン「iPhone」を発売するたび、製品の分解を手掛けてきた技術者は思わず声を上げた。

2024年9月発売のiPhone16。背面カバーを取り外すと、半分以上の面積を占めるバッテリーが姿を現した。マニュアル通りに所定の場所に乾電池をつないで通電させると、固定されていたバッテリーがいとも簡単に外せた。「もう変更できる点は残されていないと思っていたのに……」(同技術者)

アップルが採用したのは、接着剤に電気を通すと接着機能がなくなる特殊な新材料。従来は一般的な両面テープを使っていた(下の図)。

技術者が「まだ変える」と驚いたのには理由がある。アップルは22年発売のiPhone14で、誰も予想していなかった大きな設計変更を実施していた。「使い捨て」を想定した設計から、「修理して再利用」することを前提とした設計へと大転換を図ったのだ。

変更前のiPhoneには、そもそもバッテリーにアクセスするための、取り外しできるカバーすらなかった。筐体(きょうたい)には、「アルミ板から削り出した弁当箱のような高級部品」(分解に立ち会ってきた技術者でコンサルタントの柴田博一氏)を採用。この箱の中に電子部品を上から詰め込み、最後にディスプレーでふたをして強力な接着剤でがっちりと固定する。バッテリー交換など想定されていなかった。

「分解はいつも、ディスプレーの周囲をヒートガンで温め、こじ開けるところから始まった。強力に接着されているのでディスプレーが壊れることがよくあった」(同氏)

それがiPhone14でガラリと変わった。変更点は大きく2つ。まず、背面にカバーが新しく付けられた。一見すると分かりづらいが、カバーと筐体の隙間にヘラを差し込めばカバーが外れ、バッテリーなどの主要部品に簡単にアクセスできるようになった(下の図)。

従来は、ここしか取り外せなかったディスプレー側も開けてみると、中の部品を守るように金属の仕切りが設置されていた(下の図)。柴田氏は「ディスプレーを外す必要があっても部品を傷付けない」ことを狙ったのだろうと見る。

だがユーザー自ら安価に修理して使用期間を延ばせば当然、新製品の販売に悪影響が及ぶ。なぜアップルは突然、変心したのか。決定打となったのが、13年以降、米国から欧州へと急速に広まった「修理する権利」運動の存在だ。

「アップルが設計を変更したのは、明らかに僕たちの活動がきっかけだよ」。記者がアップルの変心について触れると、カイル・ウィーンズ氏は笑いながらこう答えた。

彼は、電子機器を修理する権利運動に最も寄与したとされる米スタートアップ「iFixit(アイフィックスイット)」の共同創業者兼最高経営責任者(CEO)だ。米カリフォルニア州立工科大学サンルイスオビスポ校に在学中の03年、アップルのノートパソコンを修理しようとするも悪戦苦闘した体験から、オンラインで修理マニュアルを共有したり工具や修理後の部品を販売したりする会社を立ち上げた。

「消費者が購入した製品をどのくらい長持ちさせるかを決めるのは消費者だ。メーカーが強要するものではない」(ウィーンズ氏)。この考え方は徐々に知れ渡り、13年の同社の進出をきっかけに欧州でも賛同の声が広がっていった。

こうした世論に押され17年、ニューヨークやネブラスカなど米国の複数州の議会で修理する権利関連の法案が提出された。ウィーンズ氏は米国だけでなく欧州の議会にも招かれ、なぜ企業は修理に必要な情報や部品を提供しなければならないかを熱弁して回った。

先に動いたのは欧州だ。19年に欧州連合(EU)が「エコデザイン指令」を改定し、家電の修理部品の提供が義務化された。フランスは21年1月、世界で初めて「修理しやすさ指数(アンディス・ドゥ・レパラビリテ)」を製品ごとに表示する義務をメーカーに課した。

米国も続く。22年12月、ニューヨーク州で米国初となる「デジタル・フェア・リペア・アクト(デジタル修理の権利法)」が成立。修理が必要な部品やツール、情報の提供を電子機器メーカーに義務化した。カリフォルニアやミネソタなども続き、修理する権利運動は瞬く間に全米に広がった。

要するにアップルは、法に強制される形で、「仕方なく」設計変更をしたわけだ。だが、アップルもここであることに気づいたのではないか。修理しやすくすることはむしろ、会社の利益アップにもつながるのではないか、という点だ。

新型コロナウイルス禍のサプライチェーン(供給網)の混乱で、半導体をはじめとする部品調達が滞る事態が発生した。インフレが加速し、製品の価格も世界各地で高騰。その結果、アップル製品を自ら回収・修理して新品同様の品質を保証したリファービッシュ(整備済み)品の市場が活性化した。

インドの調査会社コヒーレント・マーケット・インサイツによると、リファービッシュ電子機器の25年の世界市場規模は618億1000万ドル(約8兆9000億円)と推定され、今後は年率10.2%の成長が見込まれる。32年には1219億9000万ドルに達する見通しだ。

大量消費・大量廃棄への嫌悪感も米国内に広がる。24年11月に配信された米ネットフリックスのドキュメンタリー映画「今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる」には、ウィーンズ氏も出演し、製品を長く使い続けることの重要性を語っている。現地メディアで多く取り上げられ話題になった。

第2次トランプ米政権の誕生もこうした動きを加速させる。6月4日、トランプ大統領は鉄鋼・アルミニウムの輸入品にかける追加関税を25%から50%に引き上げた。国別の相互関税も先行き不透明だ。海外から部品を輸入せず、その土地で使われた製品を回収し、必要な部品だけ取り換えたり修理したりして再販売することの必要性は、今後、ますます高まる。

そうなれば分解と修理にかかるコストが競争を左右する。前出の柴田氏は、「アップルが電気剥離の新素材を採用したのは、リファービッシュを想定して分解工程を自動化するためではないか」と推測する。同社公式サイトで販売されているiPhoneのリファービッシュ品は、モデルや在庫にもよるが通常、新品に比べて最大15%安い。分解作業を自動化できれば修理コストを低減でき、その分、利幅も大きくできる。

従来の設計は「作ることでもうける」ことのみを想定していたが、これからの設計は「作ってもうけ、売った後も修理してもうける」ことの最適解が求められる。これが、本特集で取り上げる「リマニュファクチャリング」という新潮流だ。略してリマニやリマニュ、リマンなどとも呼ばれる。

鉱山機械や産業用機械のような高額な大型部品を搭載する領域では、再利用がコストに見合うため数十年前から導入されてきたが、ここ数年で一気にスマホや家電、自動車といった幅広い領域でも検討されるようになってきた。日本が後れを取っている現実は、下の図のフランスにおける修理しやすさ指数の比較が証明している。

これは部品や素材の技術を強みとする日本には非常に危険な兆候だ。部品の再利用が進めば、それはすなわち部品需要の縮小を意味する。リマニを遠い異国のトレンドと見過ごせば足をすくわれる。

(日経ビジネス 池松由香)

[日経ビジネス電子版 2025年6月13日の記事を再構成]

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