ウォール街が見逃した疑わしき兆候、10億ドルのフィンテック企業破綻
ロンドンを本拠とするステン・テクノロジーズは、昨年12月に破綻するまでの数年間、毎週のように世界の大手金融機関にデータを送信していた。
送られていたのはステンが手掛けた貿易金融取引に関する詳細データで、その取引規模は最終的に約10億ドル(約1400億円)に達した。ブルームバーグが入手した文書や事情に詳しい関係者の話で明らかになった。
シティグループやBNPパリバ、ナティクシス、HSBCホールディングスなどがステンの成長を後押ししていたほか、バークレイズとM&G、ゴールドマン・サックス・グループの資産運用部門も取引を支援していた。
この取引は、納入業者が企業から迅速に支払いを受けることを可能にし、世界経済の潤滑油として貢献し、ステンと投資家に利益をもたらすはずだった。文書によれば、数十億ドルが納入業者に支払われ、投資家には少なくとも9300万ドル(約133億円)のリターンがあったもようだ。
しかし、データには疑わしい兆候があった。
納入業者の多くはタイや香港の小規模企業で、共通点がほとんどなかったにもかかわらず、それぞれの企業の登記情報には同じロシア系の名前が出資者として記載されていた。
シンガポールに本拠を置くある納入業者はロシア海軍情報機関への支払いに関与したとして、8月に米国の制裁対象となった。
別のロシア人投資家が所有する企業グループをたどると、スイスやカナダの大手企業に数百万ドル相当の物品を納めていたとされるが、登記住所は実際にはプラハ郊外の廃墟となった建物だった。
これらの納入業者はアパレル大手ルルレモンやインディテックス、台湾の電子機器大手、日本の新幹線運営会社などから支払いを受けているとされていたが、ブルームバーグが接触した約50社の大半はステンや納入業者との関係を否定。JR東日本の広報担当者も否定している。
ステンは2024年12月に英国の会社更生手続きに入り、約200人の従業員の大半を解雇。21年のグリーンシル・キャピタル破綻の影響から立ち直りつつあったロンドンの貿易金融業界に再び衝撃を与えた。
法律事務所ピータース・アンド・ピータースで企業犯罪を担当するニック・バモス氏はステンの取引について、「詐欺とマネーロンダリング(資金洗浄)の両方に典型的な特徴が見える」と指摘。そこに投資した金融機関は「規制当局からの処分や巨額罰金の対象となる可能性がある」一方、資金を回収できる可能性は低いとも述べた。
「投資家は本来、独自のデューデリジェンス(適正評価)を行うべきだった。顧客とされる企業がステンのことを一切知らないと否定し、納入業者は怪しいか、あるいは架空である可能性があるという前提に立てば、次に問うべきは『その資金は一体どこから来て、どこへ流れていたのか』ということになる」とも話した。
投資家側の広報担当者はコメントを控えた。ステンの破産管財人のインターパス・アドバイザリーの広報もコメントを控えた。
ステンの創業者兼最高経営責任者(CEO)のグレッグ・カルポフスキー氏および最高執行責任者(COO)のアンドレイ・グルジベク氏は複数回のコメント要請に対して返答しなかった。
両氏はこれまでに不正行為を否定している。ステンおよび関係者に対して、現時点では公式な不正行為の告発は行われていない。
事の発端はHSBCが英裁判所に「大規模で非常に憂慮すべき問題が発覚した」と申し立てをしたところから始まる。請求書の多くが「本物の債権」ではないほか、納入業者への支払いも有名企業に「似た名前の架空企業」からだと告発した。ステンは異議申し立てをせず、数日後に破綻した。
ステンの取引は、ウォール街特有の金融工学の一種である「証券化」によって構成されていた。納入業者の納入先企業に対する債権に連動した証券を、投資家が購入するという仕組みだ。
関係者によると、金融機関や投資ファンドがこの取引に約10億ドルを投じていた。
HSBCだけで、ステン破綻時点で約2億ドル相当の証券を保有していたことが、提出書類から明らかになっている。
理論上、ステンの破綻による投資家への影響はないはずだった。業者から納入を受ける企業が期日通りに支払いを続ける限り、証券化取引は機能するはずだからだ。
しかし、数十社もの企業がステンや納入業者との取引を否定している。
ステンの文書上で納入業者に支払いがあるとされる日本の家電量販店エディオンの広報担当者は「この件についてまったく存じ上げておりません」と述べた。「そもそも当社はほとんど海外取引を行っていないため、現時点での理解としては『この会社のことを一切知らない』というのが正直なところ」とも続けた。
証券化取引では、全体の請求額の過半数を占める時期もあった少数の納入業者が中心的存在となっていた。そこに繰り返し登場する名前が「オレグ・ゲルト」だ。
登記によれば、オレグ・ゲルト氏はタイや香港にまたがる複数の法人の株主または創業者として登録されており、これらの企業はステンの納入業者の中でも特に重要な存在だった。
中でも目立ったのがミルキーウェイ・エクスプロレーション・アンド・デベロップメントだ。
同社はタイの観光地プーケットに本拠を置き、オーストリアの石油大手OMV、スペインのレプソル、計測機器などを手掛けるA&Dホロン・ホールディングス向けに、数千万ドル規模の製品を出荷していたとされる。
しかし、OMV、レプソル、A&Dの広報担当者はいずれも、ステンおよびミルキーウェイとの取引関係を否定している。
ブルームバーグは、ゲルト氏に関連するとされる企業に支払いを行っていたと記載された十数社に連絡を取ったが、ほとんどの企業が取引実績を否定し、残りは回答しなかった。
ミルキーウェイのプーケット所在地に送付した書簡に対して、ゲルト氏からの返答はなかった。
商品と貿易金融を専門とするシンガポールの法律事務所ブラックストーン・アンド・ゴールド創設者のバルデフ・ビンダー氏は、投資家は金融とテクノロジーをうたうステンの主張に目を奪われ、資金の出所や行き先を十分に精査しないまま投資することになったのかもしれないと指摘。
「企業の成長物語は誰もが信じたいものだ」とした上で、「架空請求書に関する報道が事実なら、ここで起きていたのは昔ながらのねずみ講詐欺だったようにみえる」と話した。
原題:Wall Street Missed Warning Signs When Backing $1 Billion Fintech(抜粋)