なぜロシアはトランプの関税引き上げから除外されたか(六辻彰二)
- 米トランプ政権による関税引き上げの対象は185カ国に及んだが、そのなかにロシアは含まれていない。
- これについてトランプ政権は「制裁が続き、取引がほとんどない」からと説明するが、昨年アメリカの対ロ輸入額は約32億ドルあった。
- トランプ政権がロシアを例外扱いしたのは、ウクライナ停戦協議をめぐって関係改善を優先させた結果とみられる。
事実に反する説明
米トランプ政権は程度の差はあれ、世界185カ国に対して関税引き上げの措置をとったが、なかにはそれを免れた国もある。
特に目立つのが、ロシアの除外だ。
相互関税に関する大統領令に署名するトランプ大統領(2025.4.2)(写真:ロイター/アフロ)ロシアに対する関税を引き上げなかった理由として、トランプ政権は「制裁が行われていること」と「すでに取引がほとんどないこと」をあげている。
しかし、こうした説明は事実に反する。
ウクライナ侵攻後、アメリカはロシア産天然ガスなどの輸入を停止したが、肥料、木材、ウラン精鉱などの輸入は続けていて、その金額は2024年、約32億ドルだった。
金額だけでいえば、ウクライナ侵攻以前の2021年の10分の1程度まで減少している。
とはいえ、アメリカが通商を制限している国はロシアだけではないが、そのなかには関税を引き上げられた国もある。
たとえばアメリカはイランを1979年以来「テロ支援国家」に指定しており、昨年の対イラン輸入額は629万ドル程度に過ぎなかったが、それでも関税を10%引き上げられた。
また、アメリカは内戦の続くリビアに対しても多くの制裁を敷いており、昨年の対リビア輸入額は対ロシア輸入額の半分以下の約15億ドルだったが、関税は31%引き上げられた。
ロシアとの関係改善を優先
一方、やはり制裁の対象にされていても、北朝鮮やキューバに対してはロシアと同様、関税引き上げの対象から外された。ただし、アメリカと北朝鮮、キューバの取引はほとんど確認されない。
とすると、トランプ政権がロシアとの関係改善を優先させて関税引き上げから除外したとみてほぼ間違いないだろう。
ロシアのキリル・ドミトリエフ特使(2025.2.17)。政府系ファンドCEOでプーチンの外交アドバイザーでもある。サウジアラビアで開催された、ウクライナ問題をめぐるアメリカとの協議にも出席した。(写真:ロイター/アフロ)ロシアのシンクタンク、米国カナダ研究所のアレクサンドラ・フィリッペンコはドイツメディアの取材に対して、「ロシア政府は(トランプの)政治的メッセージを確かに受け取っている」と指摘した。
その一つの論拠は、トランプ関税が発表された翌4月3日、ワシントンを訪問していたロシアのキリル・ドミトリエフ特使が対米関係の改善を匂わせる発言をしたことだ。
たとえばドミトリエフはCNNのインタビューに「ロシアとアメリカの間の対話はバイデン政権のもとでは全く進まなかった」、「我々は最終合意に向けて、どのように動くかをお互いに理解していると思う」と述べたうえで、制裁の早期解除を望むとも付け加えた。
ロシアは先月、トランプ政権によるウクライナ停戦案を事実上拒否したうえ、雪解けの時期を迎えてウクライナ東部などで攻勢を強めている。
足元をみられるトランプ
トランプは大統領選の最中から、バイデン前政権による巨額のウクライナ支援を批判して、戦争を自分なら「1日で終わらせられる」と豪語してきた。
しかし、頭ごしのロシアとの協議がウクライナからの反感を招いただけでなく、当のロシアからも「戦争の根本的原因の解決にならない」と拒否された。
ロシアはウクライナにクリミア半島の編入を認めること、周辺一帯から部隊を引き上げること、NATO加盟を2度と申請しないことなどを求めていて、トランプ政権の停戦案がこれらを満たしていないというのだ。
それでも大統領選で大見得を切った手前、トランプはロシアを交渉に向かわせざるを得ないが、ロシアに圧力を加える手段は実はほとんどない。
アメリカはすでに数多くの制裁をしており、これ以上の余地は乏しい。ロシアのGDP成長率は昨年4.1%を記録するなど、制裁のダメージが当初の想定より小さいからなおさらだ。
そのうえ「交渉しないならウクライナ支援を増やすぞ」という脅しも効きにくい。ウクライナを置いてけぼりにした交渉を進めた結果、トランプとゼレンスキーの関係は極度に悪化しているからだ。
こうしたなかトランプ政権はウクライナ製品に対する関税も10%引き上げた一方、ロシアは関税引き上げを免れた。言い換えるとトランプはプーチンに足元を見られたといえる。
ロシアの一人勝ちか
多くのエコノミストはトランプ関税が貿易相手国だけでなくアメリカ経済にも深刻なダメージを与えると予測している。
そうだとすると、ロシアはトランプ関税の影響を最も受けない国の一つともいえる。
おまけに、たとえ関税引き上げを免除されたからといって、ロシアがすぐさま停戦協議に応じるかは不透明だ。トランプの停戦案に乗れば、その時点でアメリカに対するロシアの影響力が低下するからだ。
だからギリギリまで戦闘を続けることがロシアにとって外交的な意味をもつ。その間、トランプはロシアに融和的な態度をとり続ける公算が高い。
トランプ関税の衝撃にはロシアの影響力を相対的に高める効果さえあるといえるのである。