「1ドル160円で止まるのか?」サナエノミクスの正否を見極める“たった1つの視点” 「電気代補助」より「子育て支援」が効くワケ

 「1ドル=160円」が現実味を帯びる中、私たちの生活は物価高に脅かされ続けています。  「円安では輸出が増えるから、日本にプラス」と言われていたはずなのに、なぜこれほど家計が苦しいのでしょうか。 発売直後から大きな話題を呼んでいる『お金の不安という幻想』でも鋭く指摘されたこの視点を、著者・田内学氏が徹底的に解き明かします。  私たちが見落としてきた、円安の“本当の正体”とは――。 ■円安はどこまで続くのか

 円安という言葉を聞くと、思わず胸がざわつく。「また物価が上がるのか」と身構えてしまう。  コメの値上がり、電気代の上昇、ガソリンの高止まり……。この数年、物価高はすっかり日常の悩みになっている。  こうした中で、電気・ガス代の補助、子育て支援、公共投資など、高市政権が掲げる経済対策は総額20兆円を超え、景気の底支えへの期待も高まっている。  けれど、その一方で政府の借金は1300兆円超。  財政不安を映すように長期金利は上昇し、10年国債利回りもじわじわ上がっている。

 為替は1ドル157円台。昨年、政府が為替介入に踏み切った水準へと再び近づきつつある。  「いったい何が起きているのか?」「これから円安はどうなるのか?」「サナエノミクスは本当に効くのか?」  そんな疑問が頭をよぎるのは当然だ。  ただ、この複雑に見える経済の動きを読み解くとき、実は必要なのは“たった1つの視点”である。  それは──「お金がどこへ流れているのか?」という視点だ。  この流れを押さえるだけで、「円安」「金利上昇」「財政不安」「物価高」といったバラバラに見える現象が、1本の線で結びつく。すると見えてくるのは、政府の借金そのものではなく、「その使われ方」が為替を左右している事実である。

■為替市場を動かす「実需」という力  為替市場でドルが買われる理由は、大きく2つしかない。  1つは、外国の商品を買うための「実需」としてのドル買い。もう1つは、円安に賭けたり、金利差などを狙ったりする投資(投機)だ。  たとえば、電力会社が発電用の天然ガスを輸入する際、支払いのためにドルを買う。これが典型的な“実需”であり、支払ってしまえばそのドルは戻ってこない。  一方で、投資家が円安に賭けてドルを買う“投機筋”の動きは性質が異なる。どれだけドルを買っても、利益を確定するために、いずれ必ずドルを売って円を買い戻す「逆取引」が発生する。


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 つまり、この手の取引は短期的な値動きは作れても、長期的な円安の押し下げ要因にはなりにくい。だからこそ、円安が続くかどうかを決める本当の力は、投機ではなく“実需のドル買い”にある。  サナエノミクスで財政支出が増えると、「借金が増えるから円が売られる」と考えて投機的な取引が増える。しかし、いずれ逆取引が発生するため、長期的な円安の要因にはならない。  為替を持続的に動かすのは、ドルを買って外国の商品を買う「実需」。片道の流れのほうである。だからこそ重要なのは、借金の額そのものではなく、財政支出によって“何を買い、どこへお金が流れるのか”という点だ。

 その典型が、電気・ガス代の補助である。補助によって電気代が下がれば、気兼ねなく電気を使う人が増え、使用量は増える。その裏側で輸入エネルギーの支払いのために、黙ってドルが買われ続ける。円安圧力が増すことになる。  つまり、気づかないうちに巨額のお金が海外に流れ、円安圧力がじわじわと高まる構造が生まれる。円安が進めば、他の輸入品の価格まで押し上げ、物価全体が上昇していく。  一方で、子育て支援策はお金の流れる先が異なる。粉ミルクなど一部に輸入品はあるものの、ドル買いの規模はエネルギー輸入とは比べものにならない。

 このように、長期的な円安を生むのは、投機や金利差による投資のお金の流れではなく実需としてのドル買いだ。であれば、円安を抑えるために本来必要なのは、実需としての“円が買われる”構造を取り戻すことである。 ■聞かなくなった「メイドインジャパン」  今の日本では、円安になっても海外から円が買われない。日本の商品がかつてほど売れず、“円を買う理由”が生まれていないのだ。その結果、円安によって家計が苦しくなるのに、輸出は伸びないという、本来なら起きないはずの現象が起きている。

 電気代も小麦もガソリンも値上がりし、「いったい何が起きているのか」と言いたくなる人も多いだろう。  正直なところ、書籍の中でも思わず「責任者、出てこい」と書いてしまった。 「責任者、出てこい」 そう叫びたくなるのだけど、いったい誰に言えばいいのだろうか。長い間、「円安は日本経済に良い」と言われてきた。その話を信じていたのに、円安が進むほど、生活はどんどん苦しくなっている。(中略) 1980年代、「メイドインジャパン」が世界を席巻した。日本製の自動車や家電、半導体が海外で高く評価された。円安になれば、海外の人には割安に映り、売れ行きが伸びる。日本企業は潤い、給料も上がった。円安はたしかに追い風だった。


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でも、それはもう過去の話だ。 今の日本には、世界に誇れる商品が少なくなっている。円安でも日本製品は売れない。それどころか、家電や機械、さらには魚介類など、かつて輸出していたものを今では輸入に頼っている。(中略) 一般的には、物価上昇に給料が追いつかない理由として、円安や原材料の高騰が挙げられる。しかし掘り下げると、その根本には「人材不足」という現実がある。私たちが必要なモノを作る力が減り、世界が欲しがるモノを生む力も弱まっているのだ。

(書籍『お金の不安という幻想』より/一部筆者にて改変)  このように、円安が進んでも輸出が伸びない背景には、人手不足という構造的な問題がある。  必要なモノを作る力が減り、世界が求めるモノを生み出す力が弱まっている以上、短期的な為替対策や補助金では、この構造を根本から変えることはできない。 ■円安を解決するための「投資」とは  円安が進む中で、外貨建て資産を持つことは、個人にとっては合理的な防衛策だ。物価高や円安リスクに備えるという点では、ごく自然な判断でもある。

 しかし、日本全体で見ると、そこには無視できない“副作用”がある。外貨資産を買うという行為は、裏側で必ず円を売ってドルを買う動きを伴うからだ。  書籍の中でも次のように書いた。 日本人が年間15兆円の預金をドルに換え、海外投資をおこなっているとしよう。為替レートが1ドル=150円なら、1000億ドル分の外国資産を購入できる。ところが、その裏側で、ドルを購入するための15兆円は海外に流れる。 外国人がその円を使って日本製品を買えば問題ないのだが、日本製品がなかなか選ばれないのは、すでに話したとおりだ。現実には、そのお金は日本の資産に向かう。株式や債券だけではなく、不動産も含まれる。

北海道のリゾート地や都心のマンションが外国人投資家に買われている。2023年から2024年にかけて、東京都心の新築マンション価格は29%も上昇した。その影響で、日本人の住宅購入のハードルが上がっている。 海外資産を買う代わりに、私たちは日本の資産を売り、そこには自国の「土地」と「住まい」が含まれている。全体として見れば、海外から配当を受け取る一方で、国内では外国人に家賃を支払うような状態だ。 (書籍『お金の不安という幻想』より)


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 苦しい生活を短期的に解決するためには、電気代やガス代の補助は有効だし、個人的な解決においては、外貨投資もある程度は合理的だ。  しかし、長期的な解決のためには、「この国が何を生み出せるか」という力が重要になる。その力が弱っている限り、どれだけ財政政策や金融政策をいじっても、円安は根本から解消されない。  円安を本当に止めるには、国内で価値を生み出せる社会を取り戻すこと。そのためには、子どもを育てる家庭を支え、未来の担い手を増やすという視点も大切だろう。

 子育て支援は「子育て世代のため」ではなく、日本の生産力を守り、円の価値を支えるための、もっとも長期で確実な「投資」だ。  サナエノミクスがただの“バラマキ政策”にならないためには、“人を育て、人が働ける社会”を整えられるかどうか。そこに、日本の未来と円の未来がかかっている。

田内 学 :お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家

東洋経済オンライン
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