〈再特集スペシャル〉4歳で進化論、8歳で相対性理論…なぜ「ギフテッド」は学校に馴染めない? 発達心理学者が解説

ギフテッドの光と影

阿部朋美 ,伊藤和行
IQ154のギフテッド、小林都央さん(11) この記事の写真をすべて見る

 過去に話題になった「ギフテッド」の一連の記事を再配信する(この記事は2023年6月19日に「AERA dot.」で掲載されたものの再配信です。年齢や肩書などは当時のもの)。

【IQ154、ギフテッドの少年の写真はこちら】

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 高い知能や、さまざまな領域で特別な才能を有する「ギフテッド」。近年テレビなどでも見ることが増えてきている。高いIQや、さまざまな分野で突出した能力がある人が多く「天才」のイメージで紹介されることが多いが、すべてのギフテッドが成功しているわけではない。ではギフテッドとは何か。ギフテッドに関する専門書の翻訳を手がけ、発達心理学や教育心理学が専門である上越教育大学の角谷詩織教授にギフテッドについてきいた。<阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・再編集>

彼らが感じる困難

 ギフテッドとはどのような人たちなのか。

 専門家に話を聞きながら、ギフテッドの特性について考えていきたい。

 2021年に発足した文部科学省の有識者会議は、特定の分野に特異な才能のある当事者や保護者、教員、支援団体職員らにアンケート調査を実施。980件の事例が寄せられた。調査結果には、驚くような才能が並ぶ一方、学校での苦悩も列挙されている。その一部を紹介する。

【特異な才能】

・中学に入り、ハングルを読み書きし中国語を聞き取る。スペイン語、フランス語を自学

・英単語は一度聞けば覚えられる

・4歳で進化論を理解、8歳で量子力学や相対性理論を理解

・6歳で初めてピアノを弾いた時に両手で弾けた。聞いた音楽を「耳コピ」できる

・6歳でアフガニスタン紛争やカンボジア内乱、中国文化大革命、国連の意義などを毎日、お風呂の中で考えている

・2歳で歌を作り、4歳で絵本を作った。小5の現在はアプリを作成中

・4歳で九九を暗記、6歳で周期表を暗記

【学校で経験した困難】

・授業が面白くないと我慢の限界がくる。学校脱走を重ね、不登校に

・鉛筆で書く速度と、脳内の処理速度が釣り合わず、プリント学習にストレスを感じた

・同級生の共感が得られず孤独。思ったことを発言すると教師や同級生が驚くので、嫌になる


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上越教育大学の角谷詩織教授

・教師の期待に疲れて不登校になった時に見放さないでほしかった

・学校ではみんなと違う部分が強調され、いじめの対象となりやすい

・(先生に)ギフテッドの知識がなく、担任が代わるたびに子どもの特性を説明しなければならない

 こうした個性を持った子どもたちは、いずれも「ギフテッド」にあたるのか。

 文部科学省の有識者会議では、その定義をめぐって、会議の中でたびたび議論が交わされた。

「特異な才能を定義することで、それを伸ばすことに教育の力点が置かれるようになりかねない」

「枠組みをもって定義していくだけでは拾えないもの(能力)が数多くある」

 委員らからそうした指摘があった。22年秋にまとめられた提言では、IQ(知能指数)などをもとにして才能を定義すると、高IQの人を選抜する動きが出てくるとして、「定義はしない」と結論づけた。そのうえで、提言では「特異な才能のある児童生徒の抱える困難を丁寧に把握し、それぞれの環境や条件に応じて適した対応を柔軟に講じることが必要」とした。

 海外のギフテッド教育の基準も国や地域によって異なり、IQ130以上を対象にする国もあれば、独自の基準を設ける国や地域もある。

 ギフテッドに関する専門書の翻訳を手がけ、発達心理学や教育心理学が専門である上越教育大学の角谷詩織教授に話を聞くと、世界的なおおよその共通理解となっている定義を教えてくれた。

・並外れた才能ゆえに高い実績をあげることが可能な子ども

・実際目に見えて優れた成果をあげている子どもだけでなく、潜在的な素質のある子どもも含む

・才能の領域は、知的能力全般、特定の学問領域、創造的思考や生産的思考、リーダーシップ、音楽、芸術、芸能、スポーツに及ぶ

・有資格の専門家(教師、医師、臨床心理士、芸術やスポーツの専門家等)により判定された子ども

IQとは何か?

 では、専門家はどのように判定しているのだろうか。才能の一つの指標とされているIQとはどうやって導き出すのか。


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ギフテッド
2025/01/24/ 09:00
阿部朋美 ,伊藤和行

 国内では、精神科や心療内科などで知能検査を受けることができる。臨床心理士や公認心理師らが1時間程度かけ、一対一で検査をする。検査の内容は、知識を問うものではなく、様々な領域での知的能力を測る。

 国内でも広く利用されているのは、「ウェクスラー式知能検査」という方式で、70年以上前にウェクスラーというアメリカの心理学者が開発した。その5回目の改訂版を「WISC-V」(ウィスク・ファイブ、Wechsler Intelligence Scale for Children-Fifth Edition)といい、現在、知能検査として世界中で最も用いられている。10種類の基本的な検査と、必要に応じて行う6種類の補助的な検査で構成されている。この検査を受けることで、全般的な知的能力と、主要指標という次の5つの領域(改訂前の「WISC-IV」では4領域)の得点などを知ることができる。

(1)言語理解指標(言語による理解力や推理力、思考力)

(2)視空間指標(空間認識力や統合、合成などの能力)

(3)流動性推理指標(視覚対象物の関係を把握、推理する力)

(4)ワーキングメモリー指標(一時的に情報を記憶しながら処理する能力)

(5)処理速度指標(視覚情報を処理するスピード)

 どの能力に長けているかは、人によって異なり、すべての領域で全般的に高い人もいれば、一部の領域が得意な人もいるという。なお、同種の成人向けの検査は「WAIS」(ウェイス、Wechsler Adult Intelligence Scale)と呼ばれている。

高1が小6のクラスにいるようなもの

 文部科学省の調査でも、取材したギフテッドの当事者の方々の話からも「周囲とのなじめなさ」が浮かび上がる。なぜギフテッドの人たちがそうした苦悩を抱えるのか。角谷教授はこんなことを教えてくれた。

「知的な才能のあるギフテッドの子どもは、平均的に2~4学年、知的レベルが進んでいると言われています。これは、小学6年生が小学2年生のクラスに所属していること、高校1年生が小学6年生のクラスに所属していることに相当します」


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ギフテッド
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 知的レベルの異なる学年のクラスで過ごす居心地の悪さを想像すると、「周囲とのなじめなさ」も納得できる。

「高校1年生に対して、小学6年生の授業をまじめに膝の上に手を置いて聞くようにと言って、その通りにするでしょうか。高校1年生に対して、休み時間は6年生と意気投合して仲良く遊ぶように言って、そうできるでしょうか」

 取材したギフテッドの当事者の方からは「授業はつまらない」「集団の中で異物ととらえられた」といった声を聞いた。当事者たちがそう話す理由も角谷教授の話を聞いて合点した。ぼーっとしているように見える子どもがいれば、教員は「やる気がない」と判断するかもしれない。教員を質問攻めする子どもがいれば、「嫌がらせをしようとしているのかもしれない」と感じるかもしれない。でも、ギフテッドの子どもたちからすると、純粋な知的欲求からくる行動であって、そこには他者を責めるような意図はないのだという。

「授業に集中できない、ルールを守れない、集団行動ができない、わがままなど、教員から見ると『なぜだ?』と思う行動があるかもしれません。でも、その行動が見られる子どもが悪いわけでもなく、教員としての力量が足りないからでもない。ギフテッドの、一見、才能とは無関係に見えるような特性が、実は知的能力の高さと関係があることが理解できると、なぜそのような行動をとるのか筋が通るような体験をすると思います」

(年齢は2023年3月時点のものです)

※<【後編】「ギフテッド=天才」ではない 「発達障害」と混同する特性と行動の誤解を専門家が解く>に続く

●阿部朋美(あべ・ともみ) 1984年生まれ。埼玉県出身。2007年、朝日新聞社に入社。記者として長崎、静岡の両総局を経て、西部報道センター、東京社会部で事件や教育などを取材。連載では「子どもへの性暴力」や、不登校の子どもたちを取材した「学校に行けないコロナ休校の爪痕」などを担当。2022年からマーケティング戦略本部のディレクター。

●伊藤和行(いとう・かずゆき) 1982年生まれ。名古屋市出身。2006年、朝日新聞社に入社。福岡や東京で事件や教育、沖縄で基地や人権の問題を取材してきた。朝日新聞デジタルの連載「『男性を生きづらい』を考える」「基地はなぜ動かないのか 沖縄復帰50年」なども担当した。

ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち

阿部 朋美,伊藤 和行

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