宇宙飛行で人間の細胞の「暗黒ゲノム」が活発化 新研究
国際宇宙ステーションで、宇宙空間におけるヒト幹細胞への影響を調べる研究が行われた/Thomas Marshburn/NASA
(CNN) 宇宙飛行は特定のヒト幹細胞の老いを早めることが、新たな研究で分かった。宇宙探査が人体に及ぼし得る影響について、科学者らの知見が一段と深まった形だ。
幹細胞は体の至る所で見つかり、自己複製の能力と他の特定の細胞に変化する能力とを合わせ持つ。後者の場合は血液細胞や脳細胞、骨細胞となって各組織を維持、修復する。
米カリフォルニア大学サンディエゴ校サンフォード幹細胞研究所所長で、論文筆頭著者のカトリオナ・ジェーミソン氏は「宇宙では、幹細胞が衰えるように作用する」と指摘。自己再生能力が実際に減少するとし、宇宙における長期滞在型のミッションに臨む上で、こうしたことを把握しておくのが重要だとの見解を示した。
米航空宇宙局(NASA)が部分的に出資した当該の研究は、国際宇宙ステーション(ISS)への4度の再補給ミッション中に行った。同ミッションは米宇宙企業スペースXが2021年後半から23年前半にかけて実施したもの。研究内容は4日、幹細胞に関する科学誌に掲載された。
NASAは宇宙飛行が幹細胞に及ぼす影響について、スペースシャトルを使用して最初期の実験を10年に実施した。実験では微小重力がマウスの胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の能力に対してどのような影響を及ぼすかを調べた。ES細胞は別種の細胞に分化する能力を持つ。
新たな研究では、人工股関節置換術を受けた患者から寄付された骨髄幹細胞を検証した。免疫システムと血液の健康に直接関係する当該の幹細胞は無菌状態に置かれ、特別に開発した生体反応器に入れられた。ISSではこれらの細胞を人工知能システムを使って恒常的に監視。細胞の状態をリアルタイムで検知できるようにした。
ジェーミソン氏によれば、ヒト幹細胞が十分に機能するためには8割の時間を眠った(不活発な)状態で過ごす必要がある。しかし宇宙でそうした状況は起こらず、微小重力と宇宙放射線が細胞の健康に影響を与えるという。
「幹細胞は目を覚ましたきり、眠ることがなかった。だから機能的に疲弊した」「ヒト幹細胞が微小重力のようなストレスの下で疲弊した場合、きちんとした免疫システムを作り出すことはできなくなる」(ジェーミソン氏)
研究対象となった幹細胞の一部は、最長で45日間宇宙に滞在した。通常よりも活発な状態にあったため細胞内のエネルギーを使い果たし、老化が加速した兆候が見られた。ジェーミソン氏によると、新たな細胞を作り出す能力は減退し、普段隠れているDNAの部位が活発化し始めたという。これらは反復配列や「暗黒ゲノム」と呼ばれる部位だ。
こうした反復配列は、極めて強いストレス条件下で活発化し、細胞を急速に老化させると、医師でもあるジェーミソン氏は指摘した。同様の幹細胞へのストレスは、骨髄異形成症候群の患者の細胞でも観察されるという。
これらの幹細胞は、宇宙飛行士の地球への帰還に伴い、老化の進行から回復する場合もある。近く公開される別の研究が示した予備的な結果から明らかになった。ただ回復には1年ほどの期間を要する。
宇宙飛行士にとって今回の研究結果は、長期のミッションにより血液や免疫のシステムが弱体化し、健康上のリスクが高まる恐れがあることを意味する。シダーズサイナイ医療センターの幹細胞生物学者、アルン・シャーマ准教授(生物医科学)はそう指摘した。同氏は当該の研究に関与していないがジェーミソン氏に同意し、上記の結果が科学者らの老化プロセスの理解に寄与すると考えている。老化を遅らせる、もしくは逆行させる治療法の開発にもつながるとみている。
宇宙飛行における幹細胞への影響に関する事実を把握することで、問題解決の方向性が定まり、そうした影響に対する戦略も立てられるようになると、米オークランド大学の生物科学助教、ルイス・ビラディアズ氏は付け加えた。そうした生物医学的な進展は、宇宙飛行士だけでなく地球上の患者にも応用可能な場合が多いという。同氏も今回の研究には関与していない。