命を落とす危険も 繰り返される災害時の「トイレパニック」

宮城県東松島市のマンホールトイレ。使用方法の説明書きや照明、防犯ブザーが設置されている=同市提供

 水洗トイレは使えず、トイレは汚物の山に――。こうした「トイレパニック」は2011年に起こった東日本大震災など大災害の度に発生し、避難者を苦しめてきた。1995年の阪神大震災で指摘されるなど古くからの課題だが、昨年1月の能登半島地震でもトイレパニックは起こった。命と尊厳を守るための衛生的なトイレをどう確保したらいいのか。

 政府は昨年12月、能登半島地震でのトイレパニックなどを受け、避難所運営のガイドラインを改定した。居住スペースの広さやトイレの個数などについて、最低限の基準やプライバシー保護などの観点で定めた国際的な「スフィア基準」に基づいて明記したのが特徴だ。

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 トイレに関しては、発災直後は50人に1基▽避難が長引けば20人に1基▽女性用は男性用の3倍の数が必要――などとした。政府は新たなガイドラインを避難所を設営する自治体に通知し、整備を求めている。

仮設トイレ設置までなんと65日

 これまでの災害時のトイレパニックの実態はどういったものなのか。

 東日本大震災では、広いエリアで停電や上下水道の故障により、水洗トイレが使えない状態が続いた。名古屋大学エコトピア科学研究所(現未来材料・システム研究所)が11年度に被災した29の自治体について、避難所に仮設トイレが行き渡った日数を調べたところ「3日以内」は34%、「1カ月以上」は14%、最も遅かったところでは65日に及んだ。

 不衛生なトイレを使い続ければ、精神的負担に加え、感染症にかかったり、トイレに行く回数を減らそうと飲食を控えることで持病が悪化したりして命を落とす危険が増す。復興庁のまとめでは、岩手・宮城・福島県の3県で確認された「災害関連死」(12年3月時点)の要因のうち、最多はトイレを含む「避難所のストレス」で3割に上った。

 トイレパニックは能登半島地震でも発生した。

 昨年2月にNPO法人日本トイレ研究所(東京都港区)が被災した石川県内の10カ所の避難所でトイレの状況を調べたところ、仮設トイレの設置が最も早い避難所で3日以内、最も遅かったところでは15日以上かかった。

 設置された仮設トイレの85%が和式で、段差が大きいなど使いにくいことから、高齢者が転倒してけがをした事例もあった。携帯トイレなどの活用はあったが、便器から排せつ物があふれ不衛生だった避難所もみられたという。トイレ研究所代表理事の加藤篤さんは「東日本大震災で避難所のトイレが問題となっていた教訓を備えにいかせていない」と指摘する。

 同研究所が昨年5~7月、災害時のトイレ対策について全国379の自治体に聞いた調査では、「災害時のトイレ確保・管理計画を策定していない」自治体は72・3%に上った。「トイレ対策の全体統括責任者(部署)を決めていない」(55・4%)も過半を占め、対策が後手に回っている実態が浮き彫りになった。

 大規模災害への備えとして加藤さんは、災害用トイレの備蓄推進▽運用のため司令塔となる人材の育成▽対策マニュアルの策定――が急務と説明する。政府が示したガイドラインについて「数値は参考的な目安。被災者が安心してトイレを使えているかどうかの確認が重要だ」と話し、利用者目線の必要性を訴える。

災害時でも使える水洗トイレ「マンホールトイレ」

宮城県東松島市内の小学校に設置されたマンホールトイレ=同市提供

 災害時にはどんなトイレが選択肢になるのか。

 通常の水洗トイレに近い感覚で使えるのが「マンホールトイレ」だ。下水道管路のマンホールの蓋(ふた)を開け、その上に簡易な便座を設置して、直結する下水道に排せつ物を流す仕組み。宮城県東松島市は、東日本大震災の被災時に使用している。

 同市は小学校や公園といった災害時に避難所となる場所への設置を進め、お祭りや運動会など地域のイベント時でも活用して住民への周知に役立てる。トイレ1基あたり慣れれば5分程度で組み立てられ、イベント時などは練習を兼ねて住民が中心となって設営する。使い勝手について「思ったよりよい」などとおおむね好評だという。

自宅トイレの使用判断は

 最も安心できるトイレ、それは自宅ではないだろうか。多くの自治体では、自宅が居住可能であれば在宅避難を呼びかけている。

 発災後は、排水設備が破損している可能性もあり、トイレを使ってよいのか判断に迷う。不具合がある状態で使用すれば、汚水が家の中にあふれ、集合住宅では階下の住戸に逆流する危険がある。

 どうすればいいのか、東京都下水道局に聞いた。災害時に下水道局は排水設備の破損状況を確かめ、使用可否について防災無線などを通じて通知することにしている。ただ、使用できるとなってもすぐトイレを使うのは禁物だ。排水設備には公共と私有のものがあり、下水道局が確認するのは公共の下水道設備だけで、個人の設備は所有者が確認する必要があるからだ。

 トイレなどを使用すると、排出された水は排水管を通って敷地内の汚水ますを経由し、公共の下水道へ流れる。トイレの使用前に、トイレなどから排出された水が汚水ますの中を流れていくことを確認できれば使って問題ない。排水が汚水ますにとどまっているようなら損傷の可能性がある。

 東京都下水道局は日ごろからできる備えとして、トイレ・台所などの下水がどの汚水ますにつながっているのか位置を把握する▽汚水ますの蓋を開けることができるか試す▽排水設備を共用する人と情報共有する――といった点を呼びかけている。【嶋田夕子】

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