【丸の内Insight】セブンMBO、銀行に立ちはだかる大口与信リスク
こんにちは。布施太郎です。今月のニュースレターをお届けします。
「マスゴミ」という言葉があります。マスコミと廃棄物・ゴミを掛け合わせた造語なのでしょう。マスコミが読者に役立つ報道を行っていないという批判や不満から生まれた言葉だと思います。私たち記者にとっては不快な単語ですが、先日開かれたフジ・メディア・ホールディングスの記者会見の生中継を傍目で見ていて、そういう批判も甘んじて受けなければならないのかとも思いました。
記者は世の中にあまたある職業のように免許や資格を必要としません。自らが「記者」、「ジャーナリスト」と名乗った瞬間、誰でも就ける職業です。
だからこそプロとしての力量が世の中から認知されなければ成立しないと思うのです。プロの記者とは何なのか。会見での質問力もそうでしょうし、普段の取材で問いかける力、問題意識の設定や、果ては記事を読んだ読者から納得してもらえる筆力。それらが合わさって初めて記者として認められるのだと思います。
ブルームバーグの記者はプロだね、と評価される仕事をしたいと自戒も込めて考えています。
さて、今日は日本企業史上最大となる可能性をはらむセブン&アイ・ホールディングスを巡る買収劇を取り上げます。カナダのコンビニエンスストア大手、アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けているセブン&アイは、創業家から経営陣が参加する買収(MBO)の提案を受けたと発表しました。注目が集まる巨額の買収資金調達について掘り下げます。
資金調達は総額9兆円規模
日本企業史上最大の買収劇の幕は上がるのか。
セブン&アイを巡るMBO計画では、総額9兆円規模という桁外れの資金調達が必要になる。成否を分けるのは、三井住友銀行を筆頭とする3メガバンクが巨額融資を実行できるかどうか。銀行は大口与信リスクをどのようにマネジメントするか、難しい判断を迫られる。
MBO案を巡っては、創業家の財務アドバイザーを務めるSMBC日興証券が中心となって株式など資本性資金の調達の取りまとめを急いでいる。通常、MBOでは買収者が実際の買収主体となる特別目的会社(SPC)を設立。SPCに資本を入れ、銀行からの借り入れと合わせて買収する。
足元ではセブン&アイ買収のためのSPCに創業家が約5000億円、伊藤忠商事が1兆円超を普通株で出資し、さらに米系投資会社のアポロ・グローバル・マネジメントやKKRなどが合わせて1兆5000億円規模の優先株を出資する方向で調整が進んでいる。出資額は合わせて約4兆円で固まりつつある。
銀行は計5兆円の融資検討
これに加えて検討されているのが、銀行からの5兆円規模の融資だ。
セブン&アイの主力取引行である三井住友銀が主導する形で、三菱UFJ銀やみずほ銀、三井住友信託銀、りそな銀も融資する方向だ。ただ、各行のハードルとなっているのが、融資額が過去に例がないほど巨額に膨らむ点だ。
銀行には、与信集中リスクを排除して健全性を維持する観点から、銀行法に基づく大口信用供与規制が課せられている。融資先企業1件の破綻で銀行の屋台骨が揺るがないようにするためだ。特定の企業やグループに対する与信を、中核的自己資本(Tier1資本)の25%以下としなければならない。
開示資料から計算すると、三井住友銀は約2兆4000億円、三菱UFJ銀は約2兆8000億円、みずほ銀は約2兆1000億円が上限となる。
ただ、為替の動向や有価証券の価格変動によっては法定上限を超えてしまうリスクがあるため、実務上はどのようなストレスがかかっても超えない水準に抑え込むようにする必要がある。複数の銀行関係者によると、3メガの実質的な与信上限は1兆円台後半から2兆円程度までに収められている。
MBOは防衛策
最近の大型融資案件では、日本製鉄によるUSスチールに対する買収提案で、3メガは日鉄に対して買収資金として総額160億ドル相当の円建て融資のコミットメントレター(融資証明)を提出。内訳は三井住友銀が65億ドル(約9500億円)、三菱UFJ銀が55億ドル(約8100億円)、みずほ銀が40億ドル(約5900億円)だった。
三井住友銀はセブン&アイに対する運転資金などの既存の貸し出しも抱えており、今回の買収資金も合わせて与信上限内に収めなければならない。新規の融資額が1兆円を超えると、ワンショットの貸し出しとしては過去最大規模になる。
三菱UFJ銀とみずほ銀は、主力行の三井住友銀の融資額を超えない範囲で資金供給を行う方針だが、いずれも自社史上最大の融資案件となる可能性がある。三菱UFJ銀はサントリーホールディングスによる米蒸留酒大手ビーム買収の際に約1兆4000億円の買収資金を融資した。
三井住友信託銀やりそな銀はメガよりも資本は圧倒的に小さく、拠出できる絶対額には限界がある。3メガはセブン&アイ買収に必要な資金需要に応えるために、大口与信リスクを抱え込まざるを得ない状況だ。
しかも、今回の融資はセブン&アイの成長戦略には直接結び付かないことも懸念材料となる。MBOは経営の独立性や事業の継続性の維持を主な目的とする。セブン&アイの場合も、アリマンタシォン・クシュタールの傘下入りを避ける防衛策でしかない。企業価値の向上につながらなければ返済の見通しも不確かにならざるを得ず、その絵はまだ描き切れてない。
分水嶺に立つ3メガ
薄氷を踏む状態の銀行融資の支えになりそうなのが、今回の貸出債権に対する外部格付けの取得だ。現在、格付け機関が審査に入っており、投資適格となる「BBB」格が認められれば、融資の収益性も高まり、銀行の自己資本比率算定の際のリスクアセットの計算でも恩恵を受けることができる。さらに将来、貸出債権を売却する際にも有利に働くことが見込まれる。
当初のMBO案は、資本性資金が3兆円程度と現在の計画よりも少なく見積もられ、その分融資の比率が過大だったことから投資適格の認定は困難とされた。このため、MBO案は一時暗礁に乗り上げた経緯がある。
銀行は巨額の融資をできるだけ圧縮させたい考えだが、創業家陣営は買収成立後に、北米でコンビニエンスストア事業を手掛けるセブンーイレブン・インク(SEI)の新規上場(IPO)を検討している。1兆円を超える規模の資金調達につなげ、銀行借り入れの返済に充てる算段だ。
実現すれば、2018年の武田薬品工業によるアイルランド同業のシャイヤー買収の約6兆8000億円規模を上回り、日本企業史上最大、世界でも歴代有数の買収案件になるセブン&アイのMBO計画。グローバルな企業の合併・買収(M&A)市場で存在感を放つ歴史的な案件となるのか、あるいは買収融資の世紀の失敗事例となるのか、3メガはその分水嶺(れい)に立っている。
三井住友銀と三菱UFJ銀、みずほ銀の広報担当者は、セブンの買収融資についてコメントを控えるとした。