「ダークマターの母」、伝説の科学者ベラ・ルービンが遺したもの

ダークマターの存在を世界に納得させた業績などで知られる米国の天文学者ベラ・ルービンは、カーネギー研究所の地磁気研究部門でキャリアの大半を過ごした。(PHOTOGRAPH BY RICHARD NOWITZ, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

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 1960年代のある日の未明、アイスクリームを食べ終わったベラ・ルービンが見たのは、天文学を劇的に変えることになるグラフだった。ルービンと同僚のケント・フォードは米国アリゾナ州の砂漠の真ん中にあるキットピーク国立天文台にいた。

 彼らはその夜、天の川銀河の隣のアンドロメダ銀河の若い恒星が放出する高温のガスが、銀河の中をどのようにふるまうかを追跡していた。ふたりはガスの化学的な指紋の記録と写真の処理を交代で進めていた。(参考記事:「天の川銀河とアンドロメダ銀河、衝突確率「不可避から半々に」減」

 現像を待つ間、ルービンはアイスを食べていた。彼女が4個目のアイスを食べ終えたとき、観測データを収集できたので、X軸に銀河中心からガス雲までの距離、Y軸にガス雲の速度をとってデータの点を入れていった。この点を結んだ線が、アンドロメダ銀河の「回転曲線」だ。

 当時の天文学者たちは、銀河の中の恒星は、太陽系で太陽の周りを回る惑星と同じように、中心に近いものは速く回転し、遠いものほどゆっくりと回転すると考えていた。もしそうならば、アンドロメダの回転曲線は、銀河中心から離れるほど下がってゆくはずだった。

 しかし、ルービンが見たものはそうではなかった。アンドロメダ銀河の中心に近い星も遠い星もほぼ同じ速度で回転しているように見えた。回転曲線はほぼ水平だったのだ。

 ここから始まった数々の発見は、天文学者に銀河だけでなく宇宙の成り立ちについても再考を迫った。やがて彼らは、宇宙にはダークマター(暗黒物質)という見えない物質が大量に存在しているという結論に達した。ダークマターについては、今もまだ完全には解明されていない。(参考記事:「謎に満ちた 見えない宇宙」

 2007年11月の夜、私(筆者のAshley Yeager氏)はキットピーク天文台でルービンに会った。写真も冬のアイスクリームもなく、ただ80歳近いベテラン天文学者と駆け出しの記者と、望遠鏡で見る渦巻き銀河だけがあった。

 私はここで彼女の回想を聞き、ダークマターの観測的実証が、孤高の天才によるドラマチックで単純な物語ではないことを理解した。そして2025年6月、彼女の名前を冠した新しい天文台が、その最初の画像を公開することになっている。(参考記事:「太陽系の第9惑星が見つかるかも、超巨大な“怪物望遠鏡”が挑む」

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