濃厚で安定したビールの泡の秘密を科学者が解明
発泡性のあるビールをジョッキやコップに注ぐと、白い泡が高く積もります。コーラやサイダーだと発生した泡がすぐ消えてしまいますが、ビールの場合はまるでフタをするように泡が長く残ります。なぜビールの泡は長持ちするのかを、スイス連邦工科大学チューリッヒ校の研究チームが7年かけて研究し、その論文が学術誌「Physics of Fluids」に掲載されました 。
The hidden subtlety of beer foam stability: A blueprint for advanced foam formulations | Physics of Fluids | AIP Publishing
https://pubs.aip.org/aip/pof/article/37/8/082139/3360405/The-hidden-subtlety-of-beer-foam-stability-AScientists unlock secret to thick, stable beer foams - Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2025/08/physics-of-why-belgian-beer-foam-is-so-stable/ そもそも泡とは、液体の中に気体が分散したもので、ビールの場合、タンパク質などの界面活性剤が気泡の薄い膜を強化することで、すぐに消えてしまうのを防いでいます。しかし、重力によって膜内の液体が下へ流れ落ちることで膜は薄くなり、やがて小さな泡は大きな泡に吸収されて消えていきます。ETH ZurichのEmmanouil Chatzigiannakis氏が率いる研究チームは、ベルギービールやスイスのラガービールなど、市販されている6種類のビールを用いて実験を行いました。なお、なぜ泡に注目したのかについて、研究チームは「ベルギーのビール醸造家が泡を見て発酵を管理していると述べていたのが気になったから」と答えています。
研究チームはまず、泡が半分消えるまでの時間、すなわち泡の半減期を測定するため、ガラス製のシリンダーに入れたビールに下から空気を送りこんで泡を立て、泡が半分に減るまでの時間をカメラで記録・分析しました。その結果、3回発酵させるトリペルビールのWestmalle Tripelの泡が最も長持ちし、次いでラガービールのFeldschlösschenが安定していました。
一方で、発酵が1回であるラガービールのChopfabとトラピストビールのWestmalle Extraは最も速く泡が消えたとのこと。研究チームは、全体として発酵回数が多いビールほど泡の安定性が高い傾向が見られたと報告しています。
次に、液体と界面の物理的特性を評価するため、マイクロ流体デバイス用いてビールの非常に薄い液膜を人工的に作り、圧力下でその膜が薄くなっていく過程や破裂するまでの時間を顕微鏡で直接観察しました。また、ビールの粘性、弾力性、表面張力、ビール中に存在するタンパク質などの粒子の大きさも測定しました。
その結果、ビールの薄い液膜の挙動はビールの種類によって明確に異なったとのこと。例えば、ラガービールだと液膜は比較的均一に薄くなり、表面のタンパク質凝集体は動きませんでした。これは表面の粘弾性が高く、界面が動かないことを示唆しています。一方、トリペルビールは液膜内でタンパク質凝集体が活発に動き、液体が再循環するマランゴニ対流が観察されました。
そして、表面張力については、トリペルビールは他のビールに比べて濃度変化に対する表面張力の変化が大きく、マランゴニ対流を発生させやすい性質を持つことが示されました。 続いて、液体クロマトグラフィー質量分析法を用いて、3種類のベルギービールに含まれるタンパク質の種類と量を分析したところ、泡の安定性に寄与する脂質輸送タンパク質(LTP1)とSerpin Z4の量が明らかになりました。LTP1は、1回発酵から2回発酵、3回発酵と、発酵の回数が増えるにつれて量が増加したことがわかりました。また、Serpin Z4については、2回発酵のビールで最も多く検出されたとのこと。 1回発酵のビールでは、LTP1が小さな球状の粒子として泡の表面に存在することで粘性を生み出し、泡の安定に寄与します。そして、2回の発酵を経ると、LTP1は部分的に変性し、より網目状の構造を形成して泡の安定性をさらに高めます。さらに3回発酵になると、タンパク質はさらに分解され、水になじまない疎水性と水になじむ親水性の両方を末端に持つ断片になります。これにより、3回発酵のビールでは、LTP1はまるで界面活性剤のように振る舞い、表面張力を低下させて泡を非常に安定させるというわけです。
研究チームの1人であるJan Vermant氏は「泡の安定性は、単一の要因を調整すれば向上するという単純なものではありません。重要なのは、一度に一つのメカニズムに集中して取り組むことであり、ビールは自然とそれをうまく実現しています。我々はそのメカニズムを正確に突き止めました」と述べました。
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