古代エジプト人の全ゲノムを初めて解読、4800年前の顔も復元

ゲノムが解読された古代エジプト人の顔の復元図。復元は頭蓋骨の3Dスキャンに基づいて行われた。(ILLUSTRATION BY CAROLINE WILKINSON, LIVERPOOL JOHN MOORES UNIVERSITY/MOREZ,A.(2025),NATURE)

 古代エジプト人の全ゲノムを初めて解読した研究結果が2025年7月2日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された。しかも、4800〜4500年前に生きた陶工のものと推定され、現在までに発見された古代エジプト人のDNAの中で最も古い。エジプト初期王朝時代末期から古王国時代初期にあたり、支配者たちが権力を固めて「ピラミッドの時代」が始まった頃だ。(参考記事:「古代エジプト ミイラ工房の黄金期」

 その古代エジプト人の遺体は、膝を抱えた姿勢で陶器の葬儀用の壺に封印され、数千年もの間、静かに眠っていた。1902年、英国の考古学者たちが、カイロの南約240kmのヌワイラートにあるネクロポリス(「死者の町」を意味するギリシャ語。大規模な墓地を指す)で、石灰岩の丘陵の岩窟墓の中から発掘した。

 同時代のファラオたちがギザの大ピラミッドなどの巨大なモニュメントを遺した一方で、この人物は信じられないほど保存状態の良いDNAを遺していた。(参考記事:「ギザの大ピラミッド、4500年前の「建造日誌」が残っていた」

 遺骨はエジプトの灼熱に何世紀も耐え、英国のリバプールで保管されるようになってからは、第二次世界大戦中のナチスによる爆撃にも耐えた。そして今、科学者たちは彼の歯から抽出した無傷のDNAの分析に成功した。

「世界には数千とは言わないまでも数百の古代ゲノムがあります」と、英スコットランド、アバディーン大学の生体分子考古学者で、論文の最終著者であるライナス・ガードランド・フリンク氏は言う。科学者たちはこれまでに、ネアンデルタール人、デニソワ人、そして4万5000年前のホモ・サピエンスから古代DNAを採取してきた。「けれども人類の遺伝的祖先という大きなパズルの地図上で、エジプトは空白地帯のままでした」

 これまでに見つかっていた古代エジプトの最古のDNAは、古代都市アブシール・エル・メレクのネクロポリスに埋葬されていた3体のミイラから採取されたものだ。年代は紀元前787年から前23年までの間と推定されたが、解読できたのは核DNAのゲノムの一部だけだった。

 今回解読された新しいゲノムは完全なもので、放射性炭素年代測定の結果は紀元前2855〜前2570年と示された。3体のミイラよりさらに約1500年も前に生きていた人のものだ。

1902年にヌワイラートで発見された陶器の壺と遺骨。(PHOTOGRAPH COURTESY GARSTANG MUSEUM, UNIVERSITY OF LIVERPOOL)

「このゲノムのおかげで、古王国時代の古代エジプト人の遺伝的祖先を初めて知ることができました」と、英リバプール・ジョン・ムーア大学での博士課程研究と並行して今回の研究を行った生物人類学者のアデライン・モレス・ジェイコブズ氏は記者会見で語った。科学者たちは、この人物の顔も部分的に復元できた。

「たった1人のDNAに基づくものではありますが、今回の知見は非常に重要です。なぜならナイル渓谷で古代DNAが残っていることはめったにないからです」と、論文の査読を担当した大英博物館のエジプト・スーダン部門長であるダニエル・アントワン氏は、今回の研究を賞賛した。科学者たちはこの発見により、古代エジプトで異なる集団がどのように交流していたかを知る遺伝的な手がかりの解明に着手できることになった。

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