オウム真理教の地下鉄サリン事件・カナリアかなちゃん 捜査員が剥製にして記憶継承 : 読売新聞
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こしてから20日で30年を迎える。警視庁捜査1課の捜査員だった坂元和男さん(78)は、事件2日後から始まった教団施設への一斉捜索で、毒ガス検知役のカナリアを手に乗り込んだ。 剥製(はくせい) にして自宅で保管してきたその1羽に、事件の風化を防ぐ役割を託そうと考えている。(小峰翔)
検知機器なく
オウム真理教施設への捜索で、サリン検知役を担ったカナリア「かなちゃん」の剥製を見つめる坂元和男さん=小峰翔撮影「大変な環境で一緒に戦った大事な戦友ですよ」。坂元さんは、オレンジ色の小さなカナリアの剥製を見つめ、しみじみと語った。剥製の台座には「特殊犯第1号 かなちゃん(ぴーこ)」と刻まれている。「かなちゃん」と「ぴーこ」は、施設への捜索を共にした2羽のカナリアの名前だ。
1995年3月20日の朝、都心を走る地下鉄に、猛毒の神経ガス・サリンがまかれた。医療過誤事件などを担当する「特殊犯捜査係」だった坂元さんは、被害状況を確認するべく、営団地下鉄(現・東京メトロ)の茅場町駅などを回った。多くの人たちが苦しそうに横たわっている姿を見て、サリンの怖さを身をもって知った。
カナリアの鳥かごを持って教団施設に入る機動隊(1995年3月22日、山梨県旧上九一色村で)2日後、迷彩柄の防護服と防毒マスクを着けて山梨県旧上九一色村(現・富士河口湖町)にあった教団施設の捜索に臨んだ。当時はサリンの検知機器がなく、捜査員の命を守る役割を期待されたのがカナリアだった。英国の炭鉱労働者が有毒ガスを察知するために持ち込んでおり、それをヒントに、買い集められた。
ツンとするにおい
坂元さんは3月26日から、サリン製造プラントだった「第7サティアン」の専従となった。最初は黄色のカナリア「ぴーこ」を籠に入れ、連れて行った。だが、厳しい寒さや過酷な環境がこたえたのか4月15日に命を落とし現場に葬った。翌日からパートナーとなったのが「かなちゃん」だった。
3階建ての建物内部は密閉状態で、ツンとするにおいが鼻をついた。多数の配管が設置され、大量のタンクも置かれていた。科学捜査研究所の職員や自衛隊の隊員らと調べ、写真に収めるなどした。
最も警戒をしたのは、サリンが残留している可能性のある貯蔵タンクを調べるときだ。住民が犠牲になった松本サリン事件のことが頭をよぎった。防毒マスクのひもを結び直し、「かなちゃん」と一緒に立ち会って写真を撮り続けた。
「地下鉄サリン事件30年」特集はこちら 地下鉄サリン事件30年 ~3・20 あの朝、何が~ オウム真理教とは~凶行に走らせたもの~Page 2
寄贈を検討
施設での捜索を続ける中、坂元さんは、現場に立ち会う信者らと毎日のように言葉を交わした。中でも、21、22歳ぐらいで東大出身だという男性のことを忘れられないという。
教祖の麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚(執行時63歳)をなぜ信じるのか尋ねると、男性から「麻原じゃないです。尊師です」と返ってきた。「ヘッドギアなんか外せよ」と促すと、「尊師の脳波のデータが入るんです」と言ってきかない。逆に「刑事さん、オウムに入りませんか」と何度も勧誘された。坂元さんは「純粋で真面目だった。オウムに入ったばかりに人生を狂わされ、途中から彼らも被害者だと思っていた」という。
坂元さんのサティアンでの捜索は7月12日に終了。「ぴーこ」も「かなちゃん」も異変を察知することはなかった。
坂元さんはその後、「かなちゃん」を自宅で預かり、世話を続けた。99年9月に息を引き取ると、ずっと手元においておきたいと思い、剥製にした。
事件から30年となるのを前に、昨秋、教団に関する法務省のイベントで初めて公開。ゆくゆくは、警視庁か「ポリスミュージアム 警察博物館」に寄贈したいと考えている。
「カナリアを見た若い捜査員や子どもたちが『このカナリアは何?』と思うのをきっかけに、歴史を知り、風化を防げたらいい」。坂元さんはそう願っている。
サティアン 武器製造拠点
解体前に公開された第7サティアンの内部(1998年9月)=竹内精一さん提供オウム真理教は1989年以降、旧上九一色村で教団施設「サティアン」を次々と建設した。サリンや 炭疽(たんそ) 菌、武器製造の一大拠点にもなった。
松本元死刑囚の確定判決によると、第7サティアンは、松本元死刑囚が93年、70トンのサリン製造を指示し、建設された。読売新聞が95年の元日、「上九一色村でサリンの残留物検出」と報じると、教団は、サリンの処分やプラントの隠匿に動いた。地下鉄サリン事件で使われたサリンは、第7サティアンの裏にあった遠藤誠一元死刑囚の研究棟で急きょ生成された。
施設は98年に全て解体。信者が殺害された第2サティアンの跡地に公園が整備され慰霊碑が立っている。
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