はしかの流行が復活中、反ワクチンの台頭と米国の危機
麻疹ウイルスの顕微鏡写真。(PHOTOGRAPH BY BSIP, UNIVERSAL IMAGES GROUP, GETTY)
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米国では近年にない規模の麻疹(はしか)の集団感染が起きている。テキサス州西部で始まった今回の流行による感染者数は、2025年4月3日時点で全米で607人、すでに2024年の合計である285人を上回っていて、2月にはテキサス州で基礎疾患のない6歳の子どもが死亡するなど深刻な状況にある(編注:日本の国立感染症研究所によると、3月26日時点での2025年の報告数は合計44人で、すでに2024年の45人に迫っている)。
米保健福祉省(厚生省)のロバート・F・ケネディ・ジュニア長官は、麻疹が健康な人を死なせるのは「難しい」と主張するが、米国小児科学会は、麻疹ワクチンが開発されるまでは、麻疹による死者の大半は健康な子どもだったと指摘している。
麻疹ウイルスが引き起こす麻疹は感染力が非常に強く、空気感染するため、感染者が呼吸をしたり、咳やくしゃみをしたり、誰かと会話をしたりするだけで周囲の人を感染させてしまう。麻疹には特効薬がなく、対症療法しかないため、ワクチン接種とが最も安全で効果的な対策となる。
米国は数十年がかりでワクチン接種による集団免疫を達成し、2000年に麻疹の排除(国内伝播がほぼなくなった、根絶に近い状態にすること)に成功した(編注:厚生労働省によると、日本は2015年に世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局により排除状態が認定された)。しかし近年、米国は再び麻疹の流行に脅かされている。医学的な理由のない、個人的な理由によるワクチンの接種免除が増えているためだ。
テキサス州ではこうした免除が比較的容易に認められているため、歴史的に免除率が非常に高い地域がいくつかできている。今回の流行が始まったゲインズ郡も、そうした地域の1つだった。
テキサス州保健当局は子どもたちにワクチン接種を受けさせるために最善を尽くしているが、「問題は、ワクチン反対派による組織的なデマに十分対処してこなかった、過去10年間の政策の失敗にあります」と指摘するのは、感染症専門の小児科医で、テキサス小児病院ワクチン開発センターの共同ディレクターであるピーター・ホーテズ氏だ。
「残念ながら、テキサス州は全米で起こっていることの先鋒になっています」(参考記事:「はしかの恐るべき「免疫の記憶喪失」とは、世界で流行が拡大」)
米国では麻疹(はしか)の感染者が増え続けているが、専門家はその原因として、個人的な理由により学校でのワクチン接種義務の免除を受ける子どもが増えていることを挙げている。麻疹の感染拡大を防ぐには地域社会の95%が免疫を持っている必要があるが、一部のコミュニティーで接種免除を受ける子どもが増えたことで、感染拡大のリスクが高まっているのだ。(PHOTOGRAPH BY RYANJLANE, GETTY IMAGES)
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ワクチン接種が広まるまで
子を持つ親たちの権利擁護団体Voices for Vaccinesのディレクターであるカレン・アーンスト氏は、個人的な理由による接種免除を申請する親が増えている理由について、「1つは、私たちの多くが麻疹の蔓延を目にしたことがなく、麻疹という病気を忘れていることです。もう1つは、麻疹がいかに急速に広がり、子どもたちをどれほど重篤な状態に陥らせるおそれがあるかを理解していないことです」と言う。
実際、20世紀初頭には、米国では毎年数千人が麻疹で命を落としていた。医療の進歩により1950年代にはその数は大幅に減ったが、それでも毎年推定400〜500人が命を落とし、麻疹に関連した脳炎により数百人が生涯にわたる脳障害や難聴などを発症していた。
1960年代に麻疹ワクチンが開発されると、数年以内に全米の麻疹の症例は約90%も減ったが、費用が高額だったため予防接種を受けさせない家庭もあり、麻疹の排除には至らなかった。
そこで1970年代から、各州に対して、公立学校に通学する子どもに予防接種を義務付けることを求める運動が始まり、1981年までに全50州で小児への予防接種が義務付けられた。
しかし、義務化後も課題は解消されなかったと、米ニューヨーク大学の感染症専門医であるアダム・ラトナー氏は言う。「政策が変わって予算がつくと予防接種率が上がって麻疹の発生率が低下し、また政策が変わって資金が途絶えると予防接種率が下がって麻疹が増えることの繰り返しでした」