マスク氏が進む世界初「1兆ドル長者」への道、燃料はドーパミン
世界初の1兆ドル(約147兆円)長者への道を舗装しているのはアスファルトではない。「ドーパミンを呼び起こすような刺激」だ。
テスラの元取締役アントニオ・グラシアス氏は、2012年にイーロン・マスク氏に提示された報酬パッケージをそう表現した。その報酬パッケージが奏功したのを受け、テスラは2018年、マスク氏に「ムーンショット(月への挑戦)」と呼ばれる新たな報酬制度を導入した。そこで設定された条件をマスク氏は数年のうちに達成。テスラは瞬く間に世界で最も価値ある自動車メーカーとなり、マスク氏自身も世界一の富豪となった。
今回、テスラは「マーズショット(火星への挑戦)」と称する報酬パッケージをマスク氏に提示した。
同社取締役会は5日、今後10年間にわたる野心的な業績目標に連動する超巨額の報酬パッケージを発表。米国企業史上類を見ない規模で、マスク氏の純資産を1兆ドル超に押し上げる可能性を秘めている。
数々の予想を覆してきたマスク氏とテスラにとっても、今回の新たな目標は桁外れに高い水準だ。経営者の報酬パッケージに共通するように、マスク氏がこれらを達成できる保証はない。ただ確実なのは、この計画がマスク氏の熱烈な支持者から喝采を浴びる一方、批判者からは非難を呼び、今後何年にもわたり同氏を注目の的にし続けるという点だろう。
「予想通りだ」と語るのは、テスラ株の大量保有で知られる個人株主のレオ・コグアン氏だ。テスラ株投資で富を築いた同氏だが、近年はマスク氏に失望している。「彼はCEOであり、同時に取締役会でもある。自分自身に1兆ドルを与えているだけだ。何が新しいのか」と冷ややかだ。
2024年5月時点で同社株を2770万株保有していたコグアン氏は、昨年末に持ち株を減らし始めると述べていた。実際に売却したか、どの程度売却したかについては明言を避けたものの、依然として株主であることに変わりはないという。
今回提示された報酬パッケージでは、マスク氏には最大で同社の株式12%が付与され、その価値は約1兆ドルに上る計算だ。国内総生産(GDP)がこの額を上回るのは世界で約20カ国にとどまる。
この報酬パッケージについてマスク氏と直接交渉したテスラの取締役会は、開示資料の中で、その目標を「マーズショット」と位置づけた。パッケージは12の区分に分かれ、それぞれが時価総額の達成水準と事業運営上の節目に連動している。
マスク氏が達成すべき成果には、テスラの時価総額を少なくとも倍増にし、さらには8倍に引き上げること、累計販売台数を2倍余りに拡大することが含まれる。さらに、人型ロボット「オプティマス」の納入台数を現在のゼロから100万台規模に、ロボタクシー事業を100万台規模にそれぞれ拡大することも掲げられている。
マスク氏の報酬制度に対しては、以前から多くの批判も寄せられてきた。ある株主がデラウェア州でテスラを提訴し、裁判所は2018年の報酬パッケージを無効とする判断を下した。テスラはこの決定を不服として控訴している。
その訴訟で証言した前出のグラシアス氏は、通常の枠組みはマスク氏のような人物には適さないと主張する。「彼の頭の中には100ものアイデアがあると断言できる。実際に実行したのはごくわずかにすぎない。われわれは彼に集中してほしかったし、テスラの目標に集中させる必要があった」と振り返る。
鍵を握るのは「ドーパミンが分泌されるような達成感を味わえる目標であり、これは非常に基本的な神経科学の話だ」と同氏は指摘。「現金や通常のインセンティブ制度ではそこに到達することはできない」と強調した。
原題:Musk’s Path to Trillionaire Rides on Dopamine, ‘Mars-Shot’ Goals(抜粋)