実は残留予想も少なくない、角田裕毅の「2026年去就報道」に漂う“温度差” ― 変貌するレッドブル構造とキーファクター
角田裕毅のキャリアの行方を左右する2026年のレッドブル系ドライバーラインナップ、4度のF1王者マックス・フェルスタッペンの来季チームメイトをめぐり、海外の主要F1メディアの報道は割れている。
英語圏メディアの多くは、アイザック・ハジャー(レーシング・ブルズ/VCARB)の昇格を「既定路線」と報じており、日本でもその論調を踏襲した情報が目立つ。だが一方で、ドイツやイタリアのメディアには、角田のレッドブル・レーシング(RBR)残留の可能性を指摘する声も少なくない。
しかしながら、より注目すべきは別の点かもしれない。従来であればドライバーラインナップを含むこの手の話題は、レッドブルによる正式決定・発表前に「いくらか確度の高い推測」が漏れ出るのが常だった。だが今回、そうした情報は確認できていない。
その背景の一つには、レッドブルの組織構造の劇的な変化があると考えられる。レッドブルGmbHの共同創業者であるディートリッヒ・マテシッツの死去と、チーム代表クリスチャン・ホーナーの解雇を経て、今や意思決定の仕組みは根本的に変化した可能性が高い。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
表彰台で歓喜する3位アイザック・ハジャー(レーシング・ブルズ)、2025年8月31日(日) F1オランダGP決勝(ザントフォールト・サーキット)
F1報道の中核を担う英語圏、特にイギリスのメディアには、ハジャーの昇格を”既定路線”として報じる傾向が強く見られる。
イギリスの専門誌『Autosport』は10月27日付の記事で、ハジャーが角田の後任としてレッドブル昇格を果たし、アーヴィッド・リンブラッドがVCARBに昇格するのは「ほぼ確定的」と伝えた。さらに、角田がVCARBで残留できるかは「ホンダが個人スポンサーとして関わる意思があるかにも左右される可能性がある」とも記している。
イギリスの専門メディア『The Race』は、『Autosport』よりやや慎重ながらも、パドックではハジャーのRBR昇格が「予想されている」とし、角田はリアム・ローソンまたはリンブラッドとVCARBのシートを争う立場にあるとの見方を示している。
イギリスの衛星テレビ局『Sky Sports』では、ピットレポーターのテッド・クラヴィッツ氏がハジャー昇格を一貫して「既定路線」として扱ってきた。
解説者のマーティン・ブランドルも、経験乏しいハジャーをF1史上最大級のレギュレーション変更期である2026年に昇格させるリスクに言及しつつ、角田については「十分に機会を与えられてきた」とし、事実上、レッドブル・ファミリーでの役割は終わったとの評価を下している。
ローソンの母国であるニュージーランドのメディアが、角田のRBRシート喪失を「ほぼ明白」とする論調を取るのは、その是非はともかく、ローソン自身の去就に直結するため理解はできる。
一方で、アメリカのメディアは早急な見解を避け、一定の距離を保つ慎重な姿勢を見せているが、総じてイギリスの主要メディアにおいては踏み込んだ見解が多く、また、角田のレッドブル残留を予想する声は皆無に等しい状況だ。
独伊仏:「角田残留」のシナリオも
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最終プラクティス前のステージ上で並ぶマックス・フェルスタッペン(レッドブル)と角田裕毅(レッドブル)、2025年9月20日(土) F1アゼルバイジャンGP(バクー市街地コース)
対象的に、ドイツやイタリア、フランスの主要メディアの中には、異なるシナリオを予想するものも少なくない。
イタリアの老舗専門誌『Autosprint』は10月29日付の記事で、「ハジャーは(レッドブルまたはVCARBの)いずれかのシートに確実に収まるとみられるが、どちらになるかは未定」と慎重な姿勢を見せつつ、「現実的なシナリオ」として、角田のRBR残留、ハジャーのVCARB残留、ローソンのシート喪失を挙げた。
10月初旬とやや古いが、イタリアの衛星テレビ局『Sky Sport』は2026年のフェルスタッペンのチームメイトについて、ハジャー50%、角田30%の確率としており、こちらも英メディアのトーンとは異なる。
フランスのテレビ局『Canal+』は、角田の命運は自らそのチャンスを活かせるかどうか次第であるとし、RBRおよびVCARBともに、フェルスタッペンの席を除き、来季のシートは未確定との公式情報を伝えるにとどめている。
さらに、ドイツの専門メディア『Motorsport-Magazin』は、7名の編集部員による予想を公開。角田のRBR残留予想が4名と、ハジャー昇格予想(3名)を上回っている。
興味深いのは、ハジャー昇格を予想した『Motorsport-Magazin』の編集部員3名のうち2名も、口を揃えて「ハジャーも角田同様、フェルスタッペンには太刀打ちできない」との見解を示している点だ。
その一人、25年間にわたり編集長を務めるステファン・ホイブライン氏は、それでもなおハジャーがフェルスタッペンに対抗できないのであれば「レッドブルが求める男、すなわちフェルスタッペンの後継者には決してなれない」と指摘し、レッドブルはハジャーを昇格させるだろうと予想する。
また、角田については「あまりに多くの場面で弱点を露呈させたため、RBRに残ることはできないだろう」と分析しつつも、リンブラッドは「F2で2勝したとはいえ、トップカテゴリーへの昇格を正当化するほどの活躍は見せていない」とし、来季VCARBでの角田&ローソンの残留を予想している。
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ガレージ内でエンジニアを話をするアーヴィッド・リンブラッド(レッドブル・レーシング)、2025年10月23日(木) F1メキシコGPメディアデー(エルマノス・ロドリゲス・サーキット)
F1パドックで飛び交う情報、チーム内部の重要決定事項に関する「噂」や「憶測」として一般的に紹介される内容には、実は2つの種類がある。
一つは文字通り、単なる「噂」や「憶測」、つまり個人の予想や思い込みによる結論・意見だ。もう一つは、チーム内部の情報源をなど元にした、ある種の裏付けがある「推測」であり、前者の大部分はニュースバリューを持たない。
当編集部が確認した範囲内、という条件付きではあるが、2026年のシート状況に関するあらゆる情報は現時点で、そのすべてが前者に属しており、裏付けや確証のある「推測」の類に属する情報は確認できていない。
レッドブル再編がもたらした“沈黙”の構造
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マックス・フェルスタッペンと握手するレッドブル共同創業者のディートリッヒ・マテシッツ、2018年7月1日F1オーストリアGPにて
従来、レッドブルではチーム首脳陣に近い筋からの情報により、ある程度信頼性の置ける情報が出るのが常だった。だが今回、この手の情報は全くと言ってよいほど出てこない。これについては、意思決定のプロセスおよび意思決定者に変化が生じている可能性を指摘するのが妥当だろう。
かつては、チームの全権を握るホーナーと、事実上のチームオーナーであるマテシッツの代弁者・右腕であるヘルムート・マルコが意思決定の権限を握っていたと見られる。だが今や、リーダーシップ体制もオーナーシップも様変わりした。
ここで少しばかり、レッドブル・レーシングの歴史を振り返ってみたい。
レッドブルは2006年、ジャガー・レーシング社を買収してレッドブル・レーシング社へと社名を変更した。この際のチームオーナーは、英国法人のレッドブル・レーシング・ホールディングス社(現在のレッドブル・テクノロジー社)であり、その同社をオーストリアの本社レッドブルGmbHが所有する構造となっていた。
だが、マテシッツの死去およびホーナー解任を経て、2025年8月、レッドブル・レーシング社の単独株主はレッドブルGmbHに変更された。中間持株会社を介さず、親会社が直接チームを保有する一本化構造に整理されたのだ。
この変更の意味は大きい。レッドブルGmbHの株主および経営陣が、直接的にレッドブル・レーシング社の経営判断に介入する余地が拡大したことを意味するからだ。
さらに、レッドブルGmbHは今年、グローバルHR部門責任者のステファン・ツァルツァーを、マルコとローラン・メキーズ代表兼CEOに次ぐ3人目の取締役としてレッドブル・レーシング社に送り込んでいる。
同氏は一貫して人事畑を歩んできた人物であり、モータースポーツ界での経験はない。つまり、この人事には人材・組織統制を介したオーストリア本社によるコントロール強化の意図があると見ることができる。
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ガレージで話を交わすレッドブルのモータースポーツ・アドバイザーを務めるヘルムート・マルコとレッドブル・スポーツ担当責任者のオリバー・ミンツラフ、2022年11月19日F1アブダビGPのFP3にて
よって、ドライバー人事に関する決定には、役員であるマルコとメキーズ、そしてツァルツァーを介してレッドブルGmbHの経営陣——具体的には企業プロジェクト・新規投資部門CEOを務めるオリバー・ミンツラフや、創業家株主——の意向が強く反映される可能性が極めて高い状況にある。
従来は、ホーナーまたはマルコ周辺の筋に裏取りすればよかったものが、意思決定に関わる人物が大幅に増えたとなれば、そうもいかなくなる。そうした状況が、確定的な裏付けのある「推測」情報が出てこず、根拠のない単なる「憶測」ばかりが飛び交う状況を招いているのかもしれない。
いずれにせよ、今後も正式発表あるいはチーム首脳陣からの明確な声明なしに、来季の角田の去就が明らかになる可能性は低いと見られる。
ドライバーラインナップの決定は、単にコース上でのパフォーマンスだけに依存するものではない。先に述べたように、意思決定に関わるキーパーソンの影響力や、長期的なドライバー計画、商業的価値、技術提携といった多面的な要素が複雑に絡み合う。
ここでは最後に、2026年に向けて角田の去就を占う上で欠かせない、コース上でのパフォーマンス以外の要素を整理してみたい。
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ヘルムート・マルコ(レッドブル・レーシングチーム顧問)とローラン・メキーズ(ビザ・キャッシュアップRBフォーミュラ1チーム代表)、2024年3月2日(土)(バーレーン・インターナショナル・サーキット)
まず、マルコとメキーズという2人のキーパーソンの存在が挙げられる。
ハジャー昇格を強く推すと見られるマルコは、意欲的な若手を積極的に起用する傾向がある。一方で、角田のVCARB時代の上司でもあるメキーズはより慎重で、長期的なドライバー育成とチームの安定性を重視するタイプだ。
両者の影響力のバランスは不透明だが、意思決定者の増加によりマルコの発言力が以前と比べて相対的に低下しているであろうことに疑いはない。
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米国ニューヨークで行われたレッドブル・パワートレインズとフォードとの提携発表、2023年2月3日
次に、2026年から導入されるレッドブル・フォード製F1パワーユニットの存在が挙げられる。未知数の要素が多く、来季以降のRBRの競争力を大きく左右する可能性があるだけに、仮に競争力が振るわなかった場合、フェルスタッペンが契約解除条項を行使し、2028年末を待たずにチームを去る可能性が高まる。
このリスクヘッジという点で、レッドブルは「フェルスタッペンのチームメイト」という短期的視点だけでなく、「フェルスタッペンの後継者」という長期的視点でラインナップを検討する必要がある。その意味では、角田ほどポテンシャルが明らかではないハジャーの方が有利だろう。
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決勝レース前に本田技研工業の三部敏宏社長、ホンダ・レーシングの渡辺康治社長と写真撮影に臨む角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年10月26日(日) F1メキシコGP(エルマノス・ロドリゲス・サーキット)
一方で、角田を長年支援してきたホンダとの関係も、完全に途切れるわけではない。ホンダは今季限りでレッドブル・ファミリーを離れ、2026年からアストンマーチンにパワーユニットを独占供給する。だが、レッドブルは旧車を使用したTPCプログラムを運用するにあたり、来季以降もホンダの人員と技術支援を必要としている。この技術的なつながりが、角田にとってわずかながらも残留の余地を広げる可能性がある。
詰まるところ、ごく限られた関係者を除けば、2026年のレッドブル系ドライバーラインナップに関する真実を知る得る第三者はいない。正式発表が見込まれるのは、最終戦アブダビGPの前後――それまではすべてが憶測の域を出ないだろう。
ただし、唯一確かなのは、角田のパフォーマンス自体が最終決定を左右する鍵の一つであることに変わりはないということだ。
キャリア予選ベストとなる3番手を記録したインテルラゴス――その舞台で迎える今週末のサンパウロGP。角田がどのような走りを見せるのか、そしてそれが来季の命運にどう影響するのか。注目が集まる。
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決勝レースに向けてグリッドへ移動する角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年10月26日(日) F1メキシコGP(エルマノス・ロドリゲス・サーキット)